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第十六話 まわる歯車
皇帝陛下が身を置く、エスマリク宮殿の中庭は豪勢だ。幾人もの獣人が思い切り駆けまわられるほど壮大で、庭というより草原と森を切り開いたと言うほうがしっくりくる。
青々と生い茂る木々や花や、湖のような堀池まである。池には水花が浮かび、大きな橋までかかっていた。
前方を歩く皇帝の真横で談笑する皇族の後ろを、ラシャドは精鋭兵とともに付き従う。精鋭兵の前には文官たちが大勢で並び、その中にはグレンもいた。
「く。そ。だ。り。ぃ」
ため息を交えて吐き捨てたラシャドのすぐ前で、先頭を行くムイック隊長が肩越しにラシャドを睨んできた。
「黙っていろ、ラシャド」
「りょーかい」
軽口を叩いたラシャドが身振りで応じる。独り言に近い愚痴だ。遠く離れた場所で、いちばん前に立つ皇帝プラスひとりには聞こえないだろうに。そんなに目くじら立てることか。
たしか皇帝の従兄弟だったか。くすんだ茶色の獅子の尻尾をぶんぶんと振り回している。殿下として皇族に身を置くが、権力を振り回し、素行が悪く良い噂を聞かない。近しい皇族からも従者からも。
大した用もないのに今日の訪れを言い渡されて、皇帝も内心では迷惑だろう。なにせ、一日がかりだ。
王宮が所有する森へ狩りでも行くかと、品もなく大口を開けて笑っている。皇帝と肩を並べる従兄弟殿下が、大声で背後を振り返った。
「弓を持て!」
豪傑な合図だが誰ひとり動かない。皇帝が軽く片手をあげて命じるのを見届けて、ラシャドたちは弓と馬の準備に取り掛かった。弓矢が飛び交う狩りとなれば、護衛も大掛かりだ。どこまでも迷惑な。
ムイック隊長の視線を受けてひとつ頷き、場所を移動しようと足先を進める。そのとき、ラシャドの二の腕にある飛報石が呼ばれた。
「なんだ?」
眉根を寄せて腕章に取り付けた飛報石を見る。緊急性が高い赤色だった。ちらりとムイック隊長に目をやれば神妙な顔で頷かれる。武芸を嗜む獣人の飛報石は、誤作動をなくすためロック式になっていた。
ラシャドは飛報石に指紋を押しつけて認証させ、呼び出しに応えた。
「俺だ」
『ラシャド様! 今すぐ紫苑殿にお戻りを! 孕み腹の、御子が――っ』
「何があった!」
応じた途端、切羽詰まった声が響く。ラシャドは状況も忘れて声を張りあげた。ムイック隊長や精鋭兵の仲間はもちろん、前方の皇帝にもグレンにも、ラシャドの怒声は聞こえただろう。だが構うものか。魔術師の報告を聞き終えると同時、ラシャドは制止を無視して駆けだしていた。
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