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紫苑殿の敷地を荒らし、ルトの身体を弄び、命までをも脅かした。どこの誰であろうと許すものか。関わった獣人どもを見つけ出し、浅はかな行いに報いてやる。
ぎりぎりと握りしめた拳が怒りに震える。鋭い爪が分厚い手のひらを突き破り、生ぬるい血が流れ落ちた。感情が制御できず、獣化を残したままだったと、このときになって知った。
***
「ラシャド。ルトを凌辱した奴らを見つけた」
精鋭兵と近衛兵が集う宿舎の庭園でひとり鍛錬するラシャドに、グレンが伝えてきたのは三日後だった。
瀕死だったルトは昨日、紫苑殿に返されている。母体の生命が脅かされたことで子にも影響が出たらしく、成長が遅れるだろうと言われた。ラシャドの眼光が細く光る。
「教えろ。蛇どもの奴らで間違いねぇのか」
「ああ。マルクスとニクラスだ。それと、いつもの双子の取り巻きが四人、全員で六人だ」
「……そうか」
ラシャドがいったん呼吸を置いて、握っていた剣を鞘に納める。今にも走り出しそうなラシャドの激情を、グレンの腕が阻んだ。
「無茶はするな。相手が悪い。マルクスとニクラスは、腐っても皇族の姻戚だ。今回の件は……皇族が絡んでいる」
「ほう」
双子の蛇の一族は、エスマリク宮殿を訪れた従兄弟殿下に連なるものだ。殿下の手付きとなった、側妃のひとりが蛇族だった。つまり双子は、皇帝の従兄弟の義弟になる。皇族の姻戚を笠に着て双子の蛇は有頂天になっていた。
奴らは始めからルトに標的を当てていたのだ。隙を見せないラシャドが邪魔で、護衛を逆手にとり、ルトのもとへ戻れなくしたのだろう。皇帝の従兄弟に協力を得て。
事が発覚すれば、権力で揉み消してもらう魂胆だったはずだ。表情を削ぎ落とすラシャドの手前で、グレンは優しい風貌をゆがませた。押さえつけるように掴まれた、ラシャドの太腕がぎしりと軋む。
「……すまない。俺のせいだ。俺が、ルトを助けたときにあいつらを殴り飛ばしたから。ルトは逆恨みをされたんだ」
ルトはラシャドの子を孕んでいる。殴り飛ばさなくても、上手く言いくるめて手を引かせればよかった。いつも冷静に対応するグレンだが、襲われるルトを見つけて咄嗟に身体が動いていた。
今更悔いても後の祭りだ。しかし、奉祝の儀でもしもグレンではなく、ラシャドが先にルトを探し出していたならば。盛大に殴り飛ばすどころか、その場で半殺しにしただろう。そうなれば、事態はもっと悪化したはず。
遅かれ早かれ起こるべくして起こったことだ。むしろ許可なく、紫苑殿の敷地を荒らされたことで名分は得た。
「お前を責める気はない。だが、受けた礼は返す」
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