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「……いや、俺は何ともないよ。ラシャドが傷だらけで放置されてたから、無理を頼んで連れてきたんだ。こいつが重すぎたんだ。もう戻らなくては」  心配するルトの手を包み、グレンは呼吸を一つついて姿勢を正す。少しずつ離れていく温もりが、どことなく寂しかった。少しでも気が楽になればと、ルトは差し出した手のひらに癒しの力をこめる。強張ったグレンの顔つきがほんの少し和らいだように見えた。 「ありがとう、ルトは優しいな」  ルトを見下ろす表情はとても嬉し気だ。思わず見惚れていれば、グレンが大きい体躯をかがめてきた。整った唇がだんだんと近づいて、ルトの丸い頬に落ちる。一瞬だけだ。濡れた唇が、柔肌に触れた。  ルトを傷つけない甘やかな口づけは、しかし次の瞬間に離れていった。グレンの息遣いを感じ、ルトの耳がかっと火照る。まともに顔を合わせられずに俯いていれば、グレンが立ち去る気配がした。物静かな足音が遠のき、完全に消えていった。  少しのあいだ呆けてしまう。立ち尽くしたルトは我に返って、ラシャドを振り返った。身体中が傷だらけだ。グレンにあばかれた上半身がとくにひどい。体力がない人間なら、傷が化膿して、命を落としてしまいそうだ。ルトの力は傷病の治癒はできない。気を引き締めて、清潔な水と手ぬぐいを用意した。  浴室に向かい沸かし湯も準備して、温かい布でラシャドの身体を丁寧に拭く。血が滲む所には、水で冷やした布をあてた。  それにしても……気を失った大の大人がこんなに重いとは。寝た子を抱っこしたことはあるが、大人を看病するのは初めてだ。汗をかきながらひっくり返すが、ラシャドの意識は相変わらず戻らない。状態が良くなる気配は一向にしなかった。  一通りの世話を終え、寝台で辛そうに息をつくラシャドをじっと見つめる。逡巡して、意を決し、ルトは紫苑殿を抜け出した。 「あった」  ラシャドの許可なく飛び出すと、その足で紫苑殿の裏山に走った。一応、裏山は紫苑殿の奥にある。エミルの儀式のときみたいに大勢が集まらなければ、他の獣人の出入りはめったにない。山に響く気配はルトの足音くらいだった。だがそれでも気は抜けない。  獣人に出くわさないように気をつけて、土に生える目当ての草を探していく。持ってきた籠が一杯になったところで紫苑殿に引き返した。

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