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 息を切らせて宮殿に戻る。心臓が破裂しそう。でも紫苑殿の中に入ってしまえばひと安心だ。流れる額の汗をぬぐい、草を摘んだ籠を抱え、急いで炊事場に移った。  水源を引いた、石造りの壁に取り付けられた蛇口をひねる。大きい樽にたっぷりと水を張り、摘んだ草をひとつずつ綺麗に洗った。  土と小石が取れたのを細かく確認し、小分けして草をすりつぶす。取り分けた残りの草は布に包み、湯に浸すと、ふやけた草を何度も絞って成分を抜いた。止血と炎症に効く薬草だった。  出来上がりをラシャドのもとへ持っていく。寝台で横になるラシャドの意識は、やはりまだ戻っていなかった。なんとなく、傍を離れる前より呼吸が荒い気がする。  ルトがいない隙に熱が上がったのだろうか。触れ合う手を通すラシャドの身体が火のように熱かった。慌てて氷水も用意して、苦悶の表情を浮かべる太い首筋に冷えた布をあてた。  まだ血が流れる傷口を拭き、すりつぶした薬草を塗りこんで、上から乾いた布をあてる。薬草で作った冷まし湯に布を浸し、みみず腫れした箇所に置いた。  ラシャドをひっくり返しては、様子を見ながらこまめに布をかえていく。グレンは気にしなくていいと言ったが、普段のラシャドからすれば想像できないほど弱っている。身じろぎするたびに痛むのか、汗をかき、小さく唸っていた。  でもこれ以上どうすることもできない。しばらくためらった後、だらりと投げ出されたラシャドの手を握り、癒しの力をこめた。苦悶の表情が穏やかなものになる。  意識がしっかりしていたら、なぜか素直になれないけれど、今は気を失っているからちょうどいい。  そう思いつつ、首筋に置いた熱冷ましの布もこまめに取り換え、浮かぶ汗を丁寧にぬぐった。熱を下げようとしているのだろう。大粒の汗が大量に噴きでてくる。筋肉が見事に割れたラシャドの腹は、流れる汗さえせき止めていた。温かい湯で搾った布で何度も汗を拭きとる。  傷の手当とはいえ、こうして無防備なラシャドの裸体に触れるのは初めてだ。最初のラシャドは服を着たままルトを犯した。裸になって交わったのは紫苑殿に移ってからだ。ルトはいったん手を止めて、ラシャドの端正な顔を眺めた。  ルトが襲われてから、ラシャドはルトを抱くときに媚薬を使う。あの媚薬は苦手だった。ルトのためだとわかっている。けれど蜂蜜色の潤滑油を見たら、愚かにも、グレンの瞳を重ねてしまうのだ。  夢うつつで快楽に溺れてしまい、ルトを優しく撫でる手はラシャドなのかグレンなのかわからなくなる。どころか、低い声音に、柔らかく名を呼ばれている気さえする。現実では一度だって呼ばれたことなんてないのに。とろとろに蕩かされて、気遣いながら行為に及ばれたと感じてしまう。大事にされているのだと、この身が勘違いしそうだった。

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