200 / 367

17-(10) 

 いっさいの感情が消えたエミルの声音に曖昧に同意する。でも、ルトがラシャドの子を産んだなら、きっとルトは生まれてきた子に会いたくなると思った。産み捨ててはいないと、教えてあげたくなるだろう。どんな形であれ大切な存在だ。  ラシャドに頼めば会わせてくれるだろうか。できれば自分の手で育ててみたいとも思うけれど、獣人と人間では習慣も身体能力も違う。それはラシャドとの日々で学んだ。  なにより獣人が忌む存在の、人間に育てられた、はぐれものだといじめられては可哀想だ。遠くからでいいから、元気な姿を見せてくれたら幸せを感じられると思う。  決して楽しい報せばかりではなかったが、久しぶりの再会にルトは心を弾ませた。グレンが迎えにくるまで、みんなで時間を忘れて笑い合った。  別れを惜しんで見送れば、すっきりした気分になって食卓の準備にかかる。そろそろ夕刻になる頃だ、ラシャドも帰ってくるだろう。今日に限って手の込んだご飯は作れないけれど、一品ずつ心を込めて作った。  夕食の準備に追われていれば、案の定、ラシャドが足音を忍ばせて帰ってくる。ぱたぱたするルトがいる炊事場に、黒い影がひっそりと顔を見せた。だからいつも、驚くから、忍び足はやめてほしいのだが。  絡んでくるラシャドを風呂場に追いやって、二人一緒に食卓についた。まったく同じ場所なのに、昼間はあれほどにぎやかだったのが嘘みたい。  あっという間の食卓が済めば、食事の後は相変わらず膝を貸した。二人きりの空間はとても静かだ。でも、この習慣も今夜で最後。膝の上でくつろぐ端正な顔を見下ろし、小さく呟いた。 「今日は、ありがとう。エミルたちと会わせてくれて」  本を片手にしたラシャドの黒い耳がぴくつく。ぱたんと本を閉じ、真下から、ルトの顔に太い腕を伸ばしてきた。ルトの流れる黒髪を指先で弄られる。 「少しは気が紛れたか」 「はい。たくさん話せて楽しかったです」 「ならいい。お前の出産だが、おそらく明日の朝になる。母子の状態と見合わせて、正確に決まったら連絡がくる」  ラシャドの指先がルトの薄い唇をなぞる。ルトは小さく頷き、さすられた唇をきゅっと嚙んだ。その動きで不安がっていると思ったのだろうか、ラシャドが口角を緩めた。 「心配ねぇよ。眠らされる間に、魔術師たちが赤子を取り上げてる。苦痛はないはずだ」 「そうじゃなくて、あの……」  もちろんそれも心配だ。だが、それからの未来も気になる。昼間に思い描いた、子どもとの逢瀬を、ラシャドは許してくれるか。ルトは思い切って口を開いた。 「あの。子どもが生まれたら、会わせてくれますか?」  訊ねれば、ラシャドが目を開いて驚いた顔つきをする。尖る耳と尻尾がぶるんと跳ねたから、実際驚いたのだろう。ルトの身体をさまよっていた、ラシャドの手が離れた。

ともだちにシェアしよう!