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「お前、会いたいのか? 獣人の子に?」
「会いたいです。顔を見るだけでもいいから」
そんなにいけないだろうか。ルトが必死に食い下がれば、膝の上でラシャドがなぜか腹を抱える。喉奥を小さく震わせ、珍しく声を立てて笑った。
「え? え? なんで笑う……」
「いや。つくづく面白れぇ奴だな、お前は。無理やり後宮に放りこまれて孕まされて、ここの人間は、獣人の子なんぞに会いたくないってぇのに」
「そ、それは、でも、子どもは何も悪くないですし、生まれてきたら誰の子だろうと可愛いと思うじゃないですか。それに」
「ははっ、わかったわかった。心配しなくてもいつでも会わせてやるよ。この国じゃほとんどが、生まれた子は乳母か、慈父じふに育てさせるんだ」
貧困の差もあるが、と付け加えてラシャドが言う。雌の獣人で、且つ乳が出る乳母は数が少ない。だから多くは乳母の代役をする、慈父 が赤子を育てるらしい。
雇う金がない獣人は自分たちで育てる。幸いラシャドは貴族の係累なので、ラシャド自身も乳母に育てられたと言った。
それから機嫌が良くなったラシャドは、しばらくソファーの下に垂らした尻尾をふぁさふぁさと揺らしていた。すると悪戯を思いついたと、ルトの細い首に腕を回してくる。ラシャドを見下ろす体勢になった、ルトの上半身が抱きよせられた。
「そうだな……礼がしたいんなら、今夜、お前から誘ってみろよ。ベッドの上で」
ふっと耳奥に吐息を吹きこまれる。絶句したルトは口をぱくぱくさせ、意地の悪いラシャドを、上気した瞳で睨みつけた。
***
ルトの赤子は魔術師が三人がかりで取り上げた。後宮で初めて誕生した子ではないから、エミルのときみたいに奉祝の儀は成されない。静まった紫苑殿で、懇々と眠らされたルトはふと目を覚ました。
「起きたか」
ベッドの脇で、ラシャドがじっとルトの目覚めを待ったよう。寝室に備えられた、一人掛けのソファーに腰かけていた。絵に描いたような優雅な家具だ。
ひとりだけで座るのに、扇のように広がる背もたれは、大柄なラシャドが座っても窮屈さがない。ラシャドにあつらえて作ったみたいにぴったりだった。
目のやり場に戸惑うルトの視線が移動して、やがてラシャドの腕に集中する。逞しい腕には小さな赤子が抱かれていた。
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