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 あどけない口であくびをして、すやすやと眠る。小さな口からむにゃむにゃと言葉にならない声があがれば、二つの牙が覗いた。ぷっくりする丸い手と、十本の指先には人間よりも長い爪が生えている。漆黒の髪に隠れるのは、こぢんまりする尖る耳だ。  大切そうに抱かれる腕の隙間で揺れるのは、元気に動く黒い尻尾。ラシャドよりも、ずいぶん短くて丸い。 「……かわいい。すごく、かわいいです」 「俺と同じ、黒狼だ」  どこにも異常は見当たらなくて、ルトはなんだか泣きそうになった。無意識に、ぺたんこになった自らの腹をさする。そして、小さな赤子にそっと手を伸ばした。ラシャドが傍に連れてくる。赤子はとても柔らかくて、温かかった。  あれほど嫌だったのに、怖かったのに、いらないと思ったのに。触れるルトの指の先から、力強く躍動する生命の拍動を感じた。  少しずつルトが落ち着きを取り戻したのを見計らい、ラシャドが低く告げた。 「これから、お前は数日間ラタミティオ塔で体調を管理される。調子が整ったら、また核種胎を入れられて……ツエルディング後宮に、戻される」  ルトが跳ね上がるように顔を上げた。見つめるラシャドは一切の感情を悟らせまいとしている。漆黒の瞳には、ルトの姿しか映し出されていなかった。  ルトが顔を歪めて小さく頷く。そのまま頭を伏せていれば、ラシャドの手がルトの顎に掛けられた。うつむく顔を、添えた指先でそっと持ちあげられる。 「できるだけ、俺がお前を抱く。また、俺の子を孕めばいい……、ルト」  すぐ目の前の真摯な声に紫水の瞳が驚きに揺れた。ラシャドの優しい囁きは、夢のなかで囁かれる声音と酷似しすぎていた。  いつも夢うつつで、ふわふわと揺蕩って。現実か幻か、きちんと判断できなかったのに。この声は、ルトを気遣う夢のなかの声だった。  ずっと、気づかないように、見ない振りをしてきた。それなのに、どうして。このまま夢だと思わせてくれない。口元を噛んで震わせたルトの吐息を、ラシャドが柔らかく吸い上げてくる。  ラシャドだけが独占できる最後の口づけを交わし、振り切るようにラシャドは魔術師を呼んだ。

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