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「其の方が腹は……なるほど。そなただったか。来国の日、大広間でラシャドが相手をしていた」
「……はい」
「余をけだものと宣ってくれた」
綺麗な表情を歪めて忌々しく吐き捨てられた。あのときは朦朧としていたが、そう言えばそんなことを言った気もする。今頃になって不敬罪に問われるのか。沈黙して気を張りつめていれば、皇帝が苛立った声を立てた。
「グレンらが庇い立てするからどんな腹かと思ったが……。応えろ。余がけだものならば、そなたら人間はなんだ。余の腹心を次々その身でたぶらかす。そなたは、けだものにも劣る。孕めぬ閨芸妓のほうがまだましだな。其の腹を見てから処罰を決めようと思ったが、どうしてやるか」
「は」
たぶらかすなんて真似、一度だってしていない。なんて心無い物言いだ。雲の上に存在する皇帝は、地にへばりつくルトの心など眼中にないのだろう。
帝王として全大陸に君臨する、誰よりも美しい輝きを放つ黄金の若獅子は、今の状況をルト自身が望んだとでも思っているのか。
シーデリウム帝国の皇帝が人間をいかに蔑んでいるか。汚いものを見る瞳には憎悪さえも見え隠れする。皇帝は人間に容赦しないと言った、グレンの言葉の闇を垣間見た気がした。
否応なくシーデリウムに連れてこられたルトたちが、どれほどのものを、犠牲にしてきたか。この皇帝はきっと考えもしないのだ。
全身から無数の矢のように刺す鋭い威圧がどんな言葉よりも雄弁に語る。目の前の皇帝は、人間を心底、嫌っている。
人間は人ではない。声音と表情だけで代弁する皇帝にルトの目が気色ばむ。どうせ不敬罪に問われるのだ、今さら取り繕ったところで変わらない。
グレンには逆らうなと忠告された。そうすればすぐに解放されるだろうからと。しかし、ルトは悔しさに唇を噛んだ。
「お応えします。俺たちは人間です、犬畜生じゃありません。誰かに身をささげる情夫でもありません。もちろんけだものでもないです。俺たちは、ヌプンタ国の平穏のために獣人に差し出された。何の力も持たない、ただの少年に過ぎません」
「だがそなたはラシャドに媚びているではないか。その身体で取り入り、安穏と守られ、紫苑殿で独占されていたと聞いたがな」
皇帝の見下す視線にたまらず不敬も忘れて立ち上がった。取り入ってなどいない。つい先ほど、皇帝の侍従から受けた習わしは怒りでどこかへ消えた。
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