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ルトは王宮のしきたりは知らない。飛びかからんばかりのルトを、皇帝の鋭い視線が制してくる。他者を射すくめる視線を真っ向から受け止めて、負けじと言い張った。
「あなたは今の状況を、俺たち人間が望んでいると本気で思ってるんですか? みずから進んで、獣人に身を差し出しているとでも? だったら、その輝く金の瞳はただ綺麗なだけで、実際は物事の真実を曇って映す飾りだ」
「何だと……っ、口が過ぎるぞ。余を愚王と罵るか!」
皇帝が顔色を変えて寝台から立ち上がった。誹りを受けた金の瞳は苛烈に見開き、大きな口元は牙を剥き出しにしている。目の先に立ったルトの頭部に、皇帝の片腕が瞬時に伸びた。
ひときわ輝く黄金の獅子王は、頂天で偉ぶるだけのお飾りだと言ったようなもの。片腕一本でルトの頭のてっぺんを鷲掴み、小さな頭を破壊するほどに力がこめられた。獣人の頂きに立つ、圧倒的な力が。
「い……っ、うっ……」
「人間が、殺されたいか。己の分を弁えよ。其の方は奴隷、余は帝王だ。己の身の程もわからぬ分際が、大層な口を叩く」
「う、く……っ」
尋常ではない力が加わり床を踏むはずのルトの踵さえ浮きだす。皇帝の手のひらだけで、ルトの身体が持ち上げられた。
全体重が掴まれた頭部にかかり砕かれそうな激痛が走る。自身の重力で細い首は伸び切り、このままでは繋がる骨が分離してしまいそう。皇帝の指先だけで自由を奪われた身体は痺れ、頭蓋骨がみしみしと軋む。
震える手を何とか持ち上げて、ルトは頭部を鷲掴む皇帝の腕を握った。今にも息絶えそうな、弱々しい力で。
「こ、ろ…すなら、はやく、したらい、い……」
夢を描いてみたところで所詮はこの身に未来などない。蹂躙され、子を孕み、産み落とし、また孕み……。ここで息絶えても惜しむ命は何もない。むしろここで殺されるならそれもいい。
死の瞬間まで、ルトは自分を貫けたと、自分を誇れるだろうから。ただ一つだけ。エミルたちのことが、心残りだけれど。
皇帝があと少し手のひらに力をこめれば、ルトの脳味噌は無残に飛び散る。もとの形すら失くして潰れるだろう。
苦悶に小さくうなる声に皇帝の力が緩む。掴まれた頭頂部を一気に開放され、ルトの身体が崩れ落ちた。
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