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 閨房は情を交わす行為ではない。冷めた表情からそんな声まで聞こえてきそう。今しがた、ルトに剛直を突き刺していたと思えないほど冷淡な口調だった。  寝台に腰かける皇帝はそこでいったん言葉を区切る。使い終わった落とし紙を放り捨てるみたいに、目の前に放置したルトなど目もくれない。ほんの少し思案顔になり、綺麗な眉根を寄せた。 「いや……気をつかわず召せるだけ、そなたのほうが便利か。毎夜、面倒な側妃らを相手にせずともよい。新しく寄越してくる珍しい雌や年端もゆかぬ少年は、無理をさせられぬからな」 「な、ん……」  何だそれは。人間のルトだって、まだ成人していない少年だ。獣人より体力も体格も違うルトのほうが、獣人を受け入れるたびに死ぬ思いなのだ。それなのに便利だなんて。どうしてここまで蔑まれなきゃならないのだ。こんな暴君が、天下の王か。  蹂躙された痛みは残る、片腕一本でひねりつぶされる恐怖も残る。しかし、それ以上に踏みにじられる怒りが勝る。皇帝は、人間が苦しみを与えると言ったが、理不尽に虐げられているのはルトたち人間のほうなのに。 「どうして、そんなに人間が嫌いなんですか……。俺たち人間は、あなたに何もしていないのに……っ」  かすれた声で、苦渋を作って訴える。すぐさま皇帝がルトの目の前に、夜着をまとっても完璧に整う上半身を乗り出してきた。寝台の端から身をかがめ、うつむきがちな細い顎先をぐっと固定される。上向かされた視線の先で、ルトの潤む紫水の瞳と、皇帝の金の瞳が交錯した。 「嫌う? 笑止。そのような感情など持っておらぬ。余が人間にあるのは憎しみのみ」 「……どうして」 「其の方にはわかるまい。この血に流れる怨念を。夜ごと呪いの始祖が掻き立てる、人間を滅ぼせ、人間を憎め、恨め、許すな、生かすな、殺せ」  人間は悪だ。皇帝は何かにとりつかれた表情で、冷たい感情さえも消した。計算し尽くした、美しい彫刻象みたいに温度をまるで感じさせない。  呪いの始祖のことは知っている。ヌプンタ国がなぜシーデリウム帝国の隷従国となったのか、時代を超えて語り継いでいるからだ。奴隷にされた人間は、始まりだった獣人王に呪われているのだと。  もしそれが想像を超えた真実で、始祖の深い怨念が皇帝にとりついているのなら。そのせいで時代を超えて、なおも獣人の王が苦しんでいるのなら。それはまさしく呪いなのだろう。憎悪とも呼べる眼差しにルトの息が詰まる。けれど。 「そんなの、知らない……。あなたに何が起こっているのかわからないけど、でも、俺たちはあなたに何もしてないです」  それだけが目に見える真実だ。していることといえば、ただ獣人の邪魔にならないように息を潜めて生きているだけ。悲惨な歴史を繰り返さないために。呪いの始祖なんて知らない。知るものか。

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