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 皇帝の厳しい一声でグレンの息が詰まる。地を這う激昂が空気を振動させて膨れ上がり、跪くグレンの身体を駆け上がった。どんな獣人でも屈服させるほどの、圧倒的な威圧と気質だ。輝く金色の髪と同じ、黄金に光る二つの瞳が瞬時に射竦めてきた。 「私は……」  グレンは一度言葉を切って、乱れた息を整える。緊迫感が漂うなか、覚悟を決めて皇帝を仰いだ。 「私も、関与しております。ラシャドが交戦するのを承知で相手の存在を教えました。一戦を交えても、止めずに見逃しました。ラシャドに罪があるなら、その罪をあえて阻まなかった私が悪いのです」  睨みを凄ませる皇帝から軽く視線を伏せる。どうにか冷静さを呼び戻すと、両肘を張り、憤怒する皇帝へ頭を下げた。 「陛下。ラシャドは己の子を宿す腹を庇護しただけでございます。さらには陛下から賜った、名誉ともいえる紫苑殿に立ち入られ、君主の土地を荒らされたのです。授かった子を危険にさらされて、陛下自ら下賜かしされた誇りまで踏みにじられました。精鋭兵副隊長ともあるものが、複数の獣人から一方的な屈辱を受けたのです。皇族の親類だからと、見過ごす真似などできましょうか」  孕み腹のためではなく腹の子のためだったと強調する。そのうえ君主の宮殿をないがしろにされて、皇帝の言葉と威厳を軽んじられた。精鋭兵の立場に甘んじず、臣下の忠を示したのだと。  騒動を起こした核心が、皇帝の発した言動と自らの子にあるならば、減刑しても面目が立つ。殿下とはいえ、皇族を抑えるにはラシャドの立場では弱い、帝王の威を借りなければ。  本音と建て前を使いこなすグレンの意図は伝わっただろう。皇帝の整った眉が小さく動き、金色の双眸が眼光を深めた。グレンを見下ろす美しい口元が歪む。 「なるほど余を利用するか。そなたもラシャドも、随分と孕み腹なんぞに肩入れしてくれる。よかろう。ならば減刑の代償に、此度の騒動となった元凶である孕み腹にも、責を負わせるか」  グレンの本音を引きずり出そうと、皇帝がルトに焦点を当ててきた。建前を徹底するグレンの瞳に動揺が走る。冷静な態度は崩されて、跪くグレンは慌てて身を乗り出した。 「陛下! 紫苑殿の孕み腹に咎はありません。どうか、罰は私とラシャドに。孕み腹はお見逃しを。孕み腹は……ただ、自分の、役目を……」  自分の役目とはなんだ。無残に凌辱されることが役目か。ルトに何一つ落ち度はない、ただ奴隷としてシーデリウムに連れてこられた。ならば奴隷とはなんだ。ルトは何の罪もおかしていない。他国で人間として生まれ、ただ純粋に存在していただけだ。  皇帝に懇願するグレンの口調が弱まっていく。だがここで引いてはならなかった。人間を忌み嫌う皇帝から、どうにかして標的となるルトを逸らさなければ。

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