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 まさか、皇帝が人間を――ルトを、などと。思いつくはずもなかった。 「人間と決して交わらない陛下の前に……俺たちが、ルトを引き合わせたのも同然だ」  複雑に、さまざまな状況が絡み合い、グレンたちが皇帝へと続く最後の駒を蹴り倒した。ずらりと並ぶ細やかな駒は、皇帝の目の前で倒れ、先行く足を止めただろう。ルトにはひとつの罪などないのに、引っ立てられた罪人のように。 「ならどうすれば良かったと? むかつく蛇どもに手出ししなきゃ良かったのか。あれだけ嬲られたあいつを、そのままにしておけば良かったのか? 何もせずに、黙って見ていろってぇのか。皇族だからなんだ。身分など糞くらえだ。味わわされた苦痛を返して、何が悪い」  芽生えた感情に蓋をして、獣人の立場に甘んじて、孕み腹の役目だと諦めるか。これまでどおり、子を孕む道具として扱えばよかったか。たやすく引き返せるのなら、皇帝がルトに興味を持つ前に手を引いていた。  けれど孕ませる側のラシャドの立場が、獣人に犯され続けるルトの境遇が、皇帝に仕えるグレンの想いが。留まることを知らなかった。  詰め寄るラシャドに、グレンが柳眉を寄せた。小奇麗な琥珀の髪がうつむいて流れる。 「何も……何も、悪くない。もし俺が、お前と同じ立場なら、俺も同じことをしていた。奴らはそれだけのことをした。孕み腹の立場など……相手の身分など、本当は俺もどうでもいいんだ。ルトさえ無事なら。だが、周りはそうじゃない」  明らかに悪意に満ちた暴行だった。けれどそれを皇帝に訴えても無下にされるだけだ。一歩遅ければ、ルトは生きていなかった。  相応の罰が成されないから、ラシャドは悪行を切り捨てたのだ。道理に背くのはこの国か。人間を奴隷として位置づけ、孕み腹にしている。  相手が誰であれせめて、己の手で懲らしめなければ、ラシャドの気は収まらなかっただろう。何よりルトが浮かばれない。 「第一に、蛇族だとお前に教えたのは俺だ。奴らに襲いかかるお前をあえて止めなかった、俺も同罪だ」  ラシャドを見据えたグレンが意思を定めた顔つきで言う。皇帝の目をかいくぐり、ラシャドに協力した。どうでもいい理由をつけて皇帝の傍を離れ、グレンも一役買ったのだ。『陛下一筋』を地で行くグレンを知るものなら、正気を失くしたかと思われる行いだった。

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