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 ラシャドだけのせいではない。結果、人間嫌いの皇帝がルトを召すとは思わなかった。グレンもラシャドも。抗えない、強烈な引力に引きずられ、我が身が思いもしない渦へ呑みこまれてゆく。すべてを巻き添えにして。  無理やり頂点へ引きずり上げられたルトが、この先どう転ぶのかは予測できない。誰にもだ。 「お前を責めたいんじゃない。起こってしまったことは受け入れるしかない。その上で俺たちが、これから先をどうするかだ。もしも……機嫌を損ねた陛下がルトに、最悪な処罰を下したら……ラシャド、覚悟が」 「覚悟だと? お前が言うのか、グレン」  グレンの声を遮って、ラシャドは目の前の琥珀の豹を睨みつけた。グレンこそ覚悟はあるのか。皇帝とルトを天秤にかける、自信はあるか。  例えば最悪の事態になったとして、ラシャドなら迷いなくルトを選ぶ。だがルトは、おそらくラシャドを望んでいない。  寝台で蜂蜜色の香油を握り締めるルトが、その先に誰を見つめていたか。余計な思いを抱かせないよう快楽に溺れさせた。けれどルトは、その先の面影を見つめるのをやめなかった。すぐ目の前で揺れる、グレンの瞳を。  どれほど待っても、グレンは皇帝を裏切れないというのに。 「お前は結局、どうあがいても陛下には逆らえねぇんだ。そうだろう? てめぇにゃ無理だろ、覚悟なんて。てめぇはお綺麗すぎんだよ。本気で守りたきゃ、いっぺんくらい血みどろになるまで手を汚してみろってんだ。そんな覚悟もねぇ奴が。笑わせる。もしものときは俺が連れだす。俺があいつを守ってやる。てめぇは、陛下と一緒に高みの見物でもしてろ」  嫉妬と皮肉と。自分でもわからない感情が入り交じる言葉の先で、グレンの双眸が歪む。節々に尖らせた言葉の棘はグレンに刺さったか。もとより答えなど、期待していないが。  真正面で、静かに恫喝されたグレンはぐっと歯を食いしばった。顔をうつむかせ、琥珀の髪を落として鋭いラシャドから表情を隠す。しばしの沈黙に身を置けば、互いの間で重たい静穏が流れた。  やがて唐突に、グレンはぽつぽつと語り出した。心のうちを吐き出すように。もしくは、大切にとっておいた古い引き出しを、一段ずつ、整理する口調で。 「陛下が……。泣いて、いたんだ。一緒に、遊んでいたのに。小さい頃、二人で遊んで、はしゃぎ疲れて。同じ布団で、眠っていたのに……。誰よりも強くて、誰より綺麗な、金色に輝く幼い獅子が咽び泣いて、言うんだ。人間は悪魔だと。俺は……必死になぐさめて、それで。陛下を悪魔からずっと守って、傍で支えようと決めた」

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