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 幼い頃とはいえ、冷徹な皇帝が咽び泣くなど想像もつかないが、ラシャドは口を挟まなかった。たどたどしいグレンの小さな吐息が、常に寄り添う皇帝と別れる、幼子の嗚咽のようにも聞こえたから。 ***  剣を握るときは精神を統一しなければいけない。気がそぞろだと愛刀(あいぼう)がへそを曲げる。ともに戦う武器と精神が一体になってこそ、心技一体というものだ。わかってはいるが、今は昂ぶる感情を発散させたかった。  そろそろ他の衛兵も起きてくる。肩を落とすグレンが去り、静かに集中できる時間はあと少し。  乱れた心がおもむくままラシャドは剣を握りなおす。だがそのとき背後の空気が急に揺れた。瞬時に視線をやれば、小さい何かが視界の隅をかすめる。短刀と見間違うほど鋭く飛んできたそれを素早く切りつけた。  動じないラシャドの足元で、真っ二つになった木枝がはら、と落ちる。視界を遮断しても自在に剣を操るラシャドへ、背後から両手を打ち鳴らす音が聞こえた。 「お見事。不意打ちなうえ死角だったってのに。かなわんな」  馴染んだ声に一息ついてようやく剣を降ろす。ゆっくり身体ごと振り返れば、頭を掻いた虎の獣人が苦笑して近寄ってきた。  悪戯を仕掛けた相手を軽く睨みつけ、張り詰める雰囲気を解く。手首を使い、くるくると長剣を回して鞘に納めた。 「ムイック隊長。わざと気配を消してきたな」  距離をつめられたのに気づかなかった。腑抜けもいいとこだ。隊長はしてやったりと豪快に喉を揺らした。 「精がでるな。ひとつ、手合わせ願おう」  悔しがるラシャドの数歩先に立った隊長が、表情を引き締める。気風よく姿勢を正し、右手の拳に左の手のひらを添えてきた。応戦を挑まれ、ラシャドも同じ格好をとり隊長と向き合った。 「応」  応じる意を示せば澄んだ空気が昂ぶっていく。どちらともなく剣を抜けば、抜き身の剣が奮起するように陽光を反射した。はやる刀身を顔の前で垂直に立て、向かい合わせで動きを止める。厳しい視線を絡ませて、軽く一礼した。  動きを止めて背筋を張ったら、真っ直ぐ立てた剣を同時に振り降ろす。それを合図に瞬発的に地を蹴って、互いの剣が衝突した。

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