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隊長の苦い笑みを正面に受けてラシャドは剣を引いた。鋭い気迫を一気に霧散させ、互いに距離をとる。手にする剣を顔の前で立て、始まりと同様、最後に拝礼しあった。かちんと軽快に鳴らし同時に剣を納めた。
隊長は荒い呼吸に一息つきたいようで、服の襟元をばたばた動かして風を通している。
「ったく、おめーにゃかなわんな。隊長の座には、やはりお前を据えるのがいいと思うがなぁ」
ぶつくさ言う隊長がどかりと腰を下ろす。周りを見れば、中庭に出てきた近衛兵が、精兵二人の力闘にちらほら喝さいを送っていた。それを目にしたラシャドも一服だ。あぐらをかいて隊長の隣へ座り、口を曲げた。
「よしてくれ。俺はそんなガラじゃねぇ。ムイック隊長も知ってんだろ」
「だがこの国じゃ力がすべてだ。精兵随一のお前が隊長を務めても、誰も文句はねぇぞ。それにここ最近じゃあ、お前も随分真面目になったしなぁ。この調子でいけばいつでも、長の座を明け渡せるってもんだ」
勤務中に怠けることも減り、最近ラシャドは真面目に働いている。ムイック隊長が意味ありげに、ラシャドを横目で覗いた。
「ラシャド、お前。ひとりの人間に入れこんでるんだって? お前が変わったのはその孕み腹のせいか。この間お前が孕ませた、人間のためか」
「俺は何も変わっちゃいねぇ」
真剣な表情になった隊長にラシャドの眉根が寄った。
『ラシャド副隊長が孕み腹に熱をあげている』
衛兵の間でそんな噂が立ったのは、皇族の護衛を抜け出したあとからだった。ラシャド自身は気にしていないが、隊長はそうでもないらしい。
「自分じゃわからねぇか。お前は変わったさ」
「どこがだ」
「さぁ……、あえて言うなら、そうだな。守るべきものを見つけた、そんな感じだ」
何をするでもなく、したいでもなく。ただ流れゆく日々をふらふらしていたラシャドが、ひとつ大きな信念を持って地に定着した。しっかりと足場を固め着実に前へ進む。そんな変化だ。
「目には見えねぇ心の変化だ。自分でわからないのも仕方ねぇか。だからきっと失ったときに、気づくんだろうな。自分が抱えてた芯の大きさに。お前。このままじゃ取り返しがつかなくなるぞ。まだ自覚が浅いなら、今のうちに手を引いとけ」
隊長が何を言いたいかラシャドも頭では理解できる。ついさっきグレンとも対峙したところだ。ラシャドも思うところはある。
孕み腹のルトをこれ以上ラシャドの想いに巻きこめない。すでに子をひとり作った。それで満足すべきなのだ。
「肩入れしすぎるな。お前のためにも、人間のためにもだ。忠告しといてやる」
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