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すっかり黙りこんだラシャドの隣で、ムイック隊長が、遠くを見つめる口調で言った。
「俺がまだ鼻垂れたガキんちょの頃ぁなぁ。色欲に溺れねぇで、気骨のある獣人もそれなりにいたってもんだ。だが近頃じゃあ人間を嬲り殺すために後宮に来るやつもいる。規制もなんにもねぇとこにいたら、どれもこれも、根っこから腐っちまうんだ」
ツエルディング後宮の噂が広がるほど、獣人の気概が失われるありさまだ。もちろん我が子欲しさに後宮へ通い詰め、念願の子を成す獣人もいる。今ではそれが少数派だ。ほとんどの獣人は人間を残虐するために通う。ここ十数年はひどくなる一方だった。
手ごろな少年を求め、玉璽ひとつで皇帝が出す一枚の通知はヌプンタ国の王へ渡る。シーデリウムの詳細な内情を、皇帝は人間側に伝える気さえない。
実情を知らぬヌプンタの王は、無作為に貢ぎものの召集をかけると聞く。しかし近年は集まりが遅れがちだった。
獣人の暴虐が激しさを増し、耐え切れず命を落とす少年が増えたからだ。現在では数年単位となった召集でさえ、間に合わなくなっていた。
ヌプンタは年々貢ぎものを出し渋るようになり、皇帝に仕える臣下が、ヌプンタの案内のもと現地に出向く。隷従の証である孕み腹を、途切れさせないために。
屈強な獣人が赴けば、人間は貢ぎものをすぐに差し出す。それはときに皇帝の手足となって動く、精鋭兵にお役が回ることもあった。孕み腹に肩入れすれば、皇帝に仕える精鋭兵の地位が、重荷になるだけだ。
「過激な行為がいき過ぎて命を落としても、俺たちは用済みになった使えねぇオモチャを捨てるだけだ。そんで、新品のオモチャに取り換えるだけ」
初めからわかり切ったことだ、念を押されなくてもわかっている。渋面を作るラシャドに隊長は引かなかった。
「お前も大昔、孕み腹に惚れた衛兵がいたのは知ってるだろう」
「……知ってるさ、それくらい」
王宮勤めの衛兵なら一度は聞かされる、禁断の逃亡愛の悲恋もの。面白おかしく語られる史話だ。孕み腹に身も心も奪われて、身分も地位も権力も、なにもかも投げ出した獣人がいたと。孕み腹を逃がそうとして失敗に終わった。
愚かにも獣人の手を取って逃亡した人間はもちろん、後宮から連れ出した獣人にも、然るべき罰が与えられた。聞くに堪えないものだった。
後宮の主である皇帝と、シーデリウムに住まう獣人全てを敵に回したのだから。
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