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 極寒の地で小さな喜びを温める仲間たちに、ルトの薄い肩がほんの少し揺れる。計画が定まったところで味のしない食事を早々に終わらせた。それから大浴場で湯浴みをし、仲良く寝所へ向かう。  しかし寝所へ踏み入ったとたん和やかだったルトたちの足が止まった。ルトの寝台の前に魔術師が立っていたのだ。黒いマントを羽織った魔術師と目が合い、ルトの顔が強張った。 「なんで……」 「陛下のお召しだ」  予想どおりの返答に浮上した心が沈んでいく。皇帝陛下が召すときは足環は振動しない。かわりに魔術師が寝所まで迎えに来て、エスマリク宮殿に空間移動するのだ。確実に捕まえた獲物を逃がすまいと。夜伽さえ済ませれば、勝手に戻れと放置もされるが。  けれど、陛下の相手をしたのは昨日だ。昨日の今日なんてなにかの間違いじゃないか。固まって動かないルトに業を煮やし、魔術師が足早にルトの目の前に来た。 「何をしている。来い」  二の腕をがっしり掴まれたルトは、ようやく観念してため息を押し殺す。引っ張られた身を後方へ向け、表情硬く成り行きを見守るパーシーたちに目配せした。  皇帝に呼ばれたら数時間は解放されない。今夜もユージンのもとには行けないだろう。諦めとともに、ルトは唇を動かして、声に出せない謝罪を口にした。 ***  朱金、だろうか。華美になりすぎない装飾が細やかに施された、天井まで届く両開きの扉だ。豪勢な扉の脇に控える従者がルトの訪れを告げる。ルトだったら両手を使っても重そうな扉を、皇帝の命令に身を低くした獣人が軽々と開ける。  同じくルトも顔を伏せ、無言の圧を放つ皇帝に進み寄った。豪華な寝台から十歩先で止まり両膝をつく。深く頭を垂れ、形式的な拝礼をした。  決まり文句を口にしようと薄い唇を開く。しかし、しきたりなど無用と皇帝の唸り声が響いた。 「形ばかりの世辞はいらぬ。奉仕せよ」  仄かな灯籠を頼りに浮かぶのは、いつになく尖る顔だ。神経を限界まですり減らした表情は鬼気迫る。綺麗な両目は吊り上がり、鼻筋にしわを寄せ、明らかに形相がおかしい。突き刺さる視線に急かされて皇帝の傍に進んだ。

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