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 それが癒しの力とわかったとき、あの力を渇望した。それから悪夢の日々に、どれだけ己の心身が蝕まれていたのかと自覚した。直後、襲ってきたのは虚無感だ。  心を癒す力の前では、虚勢を張り続ける必要もなく。弱き姿を受け入れられる。憎悪に圧し潰されそうな己の脆さを、さらけ出してもよいのだと。  癒しの力は何ものにも代え難い抱擁力があった。怯えや苦痛のない、母の胎内に守られるような安穏が。死の残骸が埋め尽くす荒れ地で、ようやっと、安息の地にたどり着けた。そう思えるほどに。  同じ力を持つものがいるか魔術師に問うてみたが、治癒ではなく精神に作用する癒しの力は珍しいと返された。  あの力を感じて眠った夜は、悪夢にうなされることも少ない。あれほど残忍だった悪夢が。 「罰か」  呪いの血とはよく言ったもの。いつか、獣人にも因果が訪れるとルトは言うが。すでに、魂をすり減らされる苦しみは、今現在も、人間を虐げる代償かと密やかに考える。  長きにわたり人間を虐げてきたことは、皇族である己自身がわかっている。だが悪夢のせいで許せなかった。どうして許せようか。己の親や仲間たちが、毎夜、首を刎ねられる光景を目の前にして。  人間を許すことは、獣人の頂点である己の信念が許さなかった。  孕み腹を召し続ければ、いずれ秩序が乱れるだろう。いやもうすでに乱れているか。夜伽に召すものを、孕み腹として扱うには限度がある。しかも同じものを毎夜召すなど側妃でもなかったこと。側室どころか、妃の親族も黙っていまい。  孕み腹である人間が、己以外の子を孕むからこそ立場を知らしめられるのだ。ゆえに孕めば都合が良い。そのために、ルトを狙う獣人たちを見逃すに過ぎない。  それによってルト自身にどんな苦難が降りかかろうとも、今の立ち位置を変える気はなかった。

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