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第二十三話 幻想のありか
「お前は……見るたびに痩せてんじゃねぇか」
大広間で顔を合わせるなり、ラシャドがあからさまに眉をひそめた。開口一番に責め口調で言われる。
さっきまでラザたちと朝食をとっていたが、そういえば、久しぶりに顔を合わせたユージンにも似たことを言われたと思う。聞いているようで聞こえていない、雲の上で寝ているみたい。どこか遠くに飛んだ心の端でルトは思った。
ジェヒューの子を産んで後宮に戻されて、以前と同じ日々を過ごす。何も変わらないと思っていたが、どうやらラシャドは調子が違う。
最近は昼も夜も抱かれ続ける身を案じ、ルトの欲望だけを高めて終わる。前はルトに負担がかからない行為が多かったが、後宮に戻ってからは必ず子種を腹奥に注がれた。今日で何日目になるだろう。
このままだと、またラシャドの子を孕んでしまう、そんな予感がした。けれどそれでいいのかもしれない。ジェヒューのように、己の快楽を優先する獣人の子を、宿さなくて済むのなら。
「飯は? 食えてんのか」
「ちゃんと、食べてます……」
ただ、食べると吐いてしまうだけで。うつむいて口ごもれば、想像以上にか弱い声が出た。でも生気があろうがなかろうがどうだっていい。ルトが後宮ですることは一つだけだ。
大広間の床をぼんやり眺める。顔をうつむかせるルトに、ラシャドの苛々した声が落ちた。
「顔をあげろ」
短い命令に逆らわず青白い顔を上げる。だがいつもは、まっすぐ見えるラシャドの顔が、どうしてか遠くに見える。
半透明の紫水の瞳はきっと自分の機能を忘れたのだ。目の前に立つラシャドを、ちゃんと映していない。ただぼんやりと、まるで何もない空間を覗くだけだ。
「どこを見ている。俺を見ろ」
かすむ視界で、端正な顔がさらに顰められ、少し強めに言われる。でも、見ようとしているのに見えないのだから仕方がない。自分の身体ではないみたいだ。
ふわふわと真白い霧に覆われて、どこを見ていいのかさえわからない。いつもは機敏に反応する五感が遮断されたよう。
空気を見つめる、変わらない視線に、ラシャドの舌打ちが聞こえた。茫洋と顔を上げるルトの正気を促そうと、強い力で思いきり、細い腕を引っ掴まれた。
「来い」
されるがまま引っ張られ、淫靡に絡み合う隙間を塗って大広間を抜け出す。いつもの孕み腹の部屋ではない。後宮の外に続く道にラシャドは足を進めた。反応が鈍いルトだったが、行き先が部屋でないとさすがにわかる。
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