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ルトの瞳はほんの少し輝きを取り戻せたと思う。だというのに、食事は相変わらず細くなるばかりだ。弱る気力を感じながらどうにか持ちこたえ、この日も大広間に向かった。だが今日は、足取りがやけに重い。
次の一歩を踏み出したとたん、平らな床がぐらりと歪んだ。まっすぐ立てない両足をなんとか踏ん張る。肉体が悲鳴をあげたのを無視し、勢いで顔を上げた。すると今度は視界が歪む。堪えきれず、襲うめまいに口元を押さえうずくまった。全身から冷や汗をかく。
細い両足は足先さえ動かせず、そのまま力尽きて投げ出された。何かが倒れた音が聞こえ、そこで、意識がぷつんと途切れた。
大広間に行くはずだった身体は、目を覚ますと、見慣れない寝台に寝かされていた。あたりは真っ暗だ。おかしい。開いたはずの目は閉じたままだったろうか、それさえも混乱する。身体が重くて動かなかった。
状況を確かめたくて、何度か瞬きを繰り返す。暗闇のなかを見渡せば、ドーム型の寝台だった。ルトは、人ひとりが寝ころべる球状のなかに横たえられていた。
「ここ……?」
「ラタミティオ塔だ。お前は倒れたんだ」
寝台の外から声が聞こえる。球状の一部が開かれ、ドームのなかに光がさした。茫洋とする視界が眩しさにさまよう。見れば寝台の横にひとりの魔術師がいた。難しい顔つきで、計測器らしき画面を覗く。遠く映る視界には、同じドーム型の寝台がいくつもあった。
「今、回復術をかけて血液データを正常値に戻したところだ。一通りはもとの状態に戻った。だが、お前が自ら栄養を取れないなら、今後は孕み腹の点検を増やすことになる」
「栄養を、取れない?」
「食事だ。近頃あまり食べていなかったんだろう。孕み腹に与える食事は、少量でも栄養価が高いものだ。これほどデータに不備があるなら、きちんと摂生していなかったか」
ルトの状態を淡々と考察する魔術師が、浅黄色の瞳を光らせた。しかし、無理やり食べても吐いてしまうのだ。最近は食事をとるというより、エミルたちが心配するから口に詰めこんでいるだけだった。
食が細くなったルトは項垂れて口を閉ざす。顔を伏せれば、魔術師が冷たい声を向けた。
「今夜、陛下のお召しはない。お前は一晩ここで過ごし、じっくり回復してから、明け方ツエルディング後宮に戻す。今後点検の回数を増やすかどうかは、状態を見てからだ。陛下にはご報告しておく」
昼間に獣人を受け入れる孕み腹は、だいたい夜に体調の調整を受ける。普通なら二週間に一、二度の頻度で行われるが、今後回数がもし増えれば夜伽の頻度は減るだろう。
魔術師はそれを案じる素振りだ。皇帝の意思に反するルトの行動を、静かに責められたようだった。
***
ひょっとしたら皇帝は、獣型のほうが安らぐのだろうか。獣人はもともと動物で、皇帝は獣性が強いというし、動物であるのが本来あるべき姿かもしれない。
癒しの力を注ぐため、ルトから皇帝に触れるときだけ獣化するのが暗黙となった。義務的な伽を済ませた皇帝は、早々に瞬きとともに獣と化した。若獅子の姿で悠々と寝そべる皇帝を眺め、ルトはなんとなく思う。
白い膝頭へ、緩やかに身を寄せてくる、金色の獅子に手を伸ばした。
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