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皇帝の伽は激しくて苦痛だが、この瞬間だけはルトの心も穏やかになるから複雑だ。野生の獣に懐かれた錯覚に陥りつつ、つい夢中になって撫でてしまう。それに、手負いのような獣の雰囲気が静まる瞬間が好きだ。傷ついた動物が、心を開いてくれたような。
こつんと、大きい鼻先を細い膝頭にこすりつけられる。催促され、ふさふさのたてがみにそっと触れた。流れ出すルトの癒しを感じだのだろう。獅子の耳がぴくんと動く。
人間のときは、存在するだけで鋭利な威厳を放ち、誰ひとり寄せつけない空気を醸し出すのに。獣型になったとたん安穏とした雰囲気になるから不思議だった。
見た目は動物なのであまり表情は動かない。けれど何となく、ルトの傍で身を休める獅子の面持ちは穏やかだ。外敵から我が身を守らなくていい陽だまりの場所で、獰猛な一匹の獣が、まどろむ光景が目に浮かぶ。
手のひらに癒しをのせて、ふわりとなびく美しい背を撫でる。心地よさげに、金色の瞳が細まった。さらさらと移動する手つきに合わせて、獅子の喉元が柔らかく唸る。
撫でる力がたりないと、なじるように、若獅子がときおりルトの手のひらに耳元を押しつけてくる。無言のせっつきに逆らわず、背中まで覆う艶やかな毛並みを、少し強めにふさふさと上下した。
くつろぐ獣を癒しで包み、静かな空間に身を置く。けれどふと、金色の獅子が顔を上げた。いつもならこのまま心地よさげに瞼を閉じるのに、今夜はしっかり金の瞳がルトを覗く。さらにぶるんと頭を振り、撫でるルトの手のひらを遠ざけた。
いったい今夜はどうしたのか。夜伽からどうも様子が変だ。困惑して見れば、大きな獅子は瞬く間に人型へと変化した。人間の姿ではとてもじゃないが勝手に触れられない。どちらも同じ皇帝だが、人型だと威圧感が凄まじい。ルトは素早く手を引っ込めた。
咄嗟にひれ伏し服従の姿勢をとるルトに、皇帝の苛立った声が届いた。
「なぜ食膳をとらぬ」
びくりとルトの身体が跳ねた。今夜は機嫌が悪そうだと思っていたが、理由をなんとなく悟る。昨夜の報告を魔術師から聞いたのか。皇帝はどことなく怒気をまとった。
「応えよ。なぜ、食膳をとらぬ?」
身を起こした皇帝がルトの細い手首を掴み上げる。伏せるルトは、勢い余って皇帝に乗り上げてしまった。目の前に迫る美丈夫な眉間には、深いしわが刻まれる。痛みと驚きで、小さな声を上げ、慌てて身を引いた。
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