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 ルトは顔をしかめて後ずさり、じりじりと距離をとった。しかし背中に、冷たい感触がして壁際に追い詰められる。ルトにできるのは、脅えて固唾をのむだけだった。 「な、なに」 「孕み腹にやることなんかアレっきゃねぇだろ。俺ぁちょうど溜まってたんだ。噂の玩具様が、今夜ここをお通りなるとは。ついてんな」 「ぁ……っ」  浮つく獣人の赤ら顔が、突進して襲い掛かる。加減ができなかったのか、巨体に体当たりを食らった。背後の壁に全身を強打して、脳震盪でも起こしたか。頭がくらりと傾き、瞼の裏に閃光が走ってたまらずその場にうずくまった。 「う……」 「おい、おーい。なんだ弱っちぃな。勝手にやるぞー」  衣服を簡単に寛げた獣人が、倒れたルトに伸しかかる。それからのことは、断片的な記憶しか残っていなかった。  あれからどうなってしまったのか。ルトは瞼越しに感じる明るい光にうっすらと目を開けた。 「気が付いたか」  すぐ近くで安堵した声が聞こえる。ここはどこ。訪ねたかったけれど声が出ない。いや、声どころか身体も満足に動かせなかった。指先一つ、動かそうにもうまく力が入らない。  仕方なくあたりを見れば、ドーム型の寝台に寝かされていた。もう見慣れた、ラタミティオ塔だ。おかしい。確か今夜は、夜伽を済ませて寝所に戻ろうとしていたのだ。そこでサイの獣人に見つかって――。 「お前は複数の獣人から襲われて、六日間昏睡していたんだ。今は、動ける状態じゃない」 「…ぅ、…」  喉の粘膜が焼け付くように痛い。身体の関節は、少し動いただけでばらばらになりそうなくらい激痛だ。動きに連動する腹の奥も、内臓を棍棒で掻き混ぜられたかと思う。  ルトの言いたいことがわかったのか、黒いマントを着た魔術師が真剣な表情で一つ頷く。菖蒲殿で、ルトを何度も庇ってくれた、若草色の魔術師だった。 「まだ治療が必要だ。意識が戻らなければ、このまま命を落としていた。今は回復に専念しろ。これからのことは、その後だ」  やけに改まった言い方をして、魔術師がルトに眠りを促す。これからのことなんて、何があるという。何も変わらない日々なのに。  聞きたくて、ひゅっとルトの喉が鳴った。動かないルトの身体がぴんと張り詰める。唯一自由に動く、紫水の瞳が動揺した。 「今は眠れ」  魔術師が呪文を唱えるように口ずさんだ。緩やかな波に誘われ、ルトの意識は薄れていった。

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