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「仰せのとおりに」
朝議殿での討論は、国の命運を決議するもの。執務殿での口論とはわけが違う。
あらゆる地位に属する高位の獣人が集う。さらには宮廷魔術師もある。そこで皇帝は、孕み腹を蹂躙した獣人にどんな処罰を下すつもり。
明日の朝議は間違いなく波乱の幕開けとなる。そこに音もなく、影もなく、ひっそりした水面下に、とてつもなく大きな爆弾を投下するのは、グレン自身になるだろう。玉座で断罪する皇帝ではなく。海底へ密かに張り巡らせた大網を、一気に仕留めにかかるのだ。
潜ませたものが大きければ大きいほど、余波は広がり続けるはずだ。この思いは、誰にも悟らせてはいけない。誰かに足を引っ張られ、血で結んだ糸がほつれぬよう。菖蒲殿で、コルネーリォに頼んだ件も進めなければ、早急に。
表情を崩さずに、少しの動揺も見せず。心を固く決めながら、グレンは皇帝に一礼した。
許可を得て執務殿を抜け出す。誰にも気づかれないひとけのない場所に移り、小型の飛報石を手に取る。グレンの呼び出しにすぐさま応じた相手へ、いち早く口を開いた。
「グレンだ。コルネーリォ、前に頼んだことの、進捗状況を知りたい。動くのは明日だ、間に合うか」
『ずいぶんと性急だな。菖蒲殿の少年が死にかけて、待ち切れなくなったか。急いては事を仕損じるだ。最初をしくじれば、声をあげる機会は二度とないかもしれんぞ。飛び出た杭は打たれるものだ、もしくは、引っこ抜かれるか』
「承知の上だ。だから聞きたい。希望の光は、あるかないかを」
事がうまく運ぶかどうかは、コルネーリォの一言にかかっている。敵だらけの朝廷で真っ向から戦うには、隠し玉が必要だ。誰にも壊せない、確実な隠し玉が。
『さて、間に合うか、どうか……と。緊迫感を、出してみたいところだが。貴殿に問われた無理難題のせいで、実は頭を抱えていたんだがな。事は、滞りなく進みそうだ』
グレンの目指すとおりに。会話の向こうで、微かに笑んだ気配がする。コルネーリォの返答に、しかめ面だったグレンは驚きと喜びを同時に浮かべた。思わず声も上ずる。
「本当か?」
『ああ。今回、あの少年の核から面白いものを見つけた。どうやら、遊び半分、興味半分で、他の魔術師たちが皇帝のデータを取っていたようだ。あれが俺の手に巡ってくるとはな、天が味方をしてくれた。俺はそれを拝借して、細かく分析できれば、良い結果が得られるだろう。まだ可能性の段階だ、確証ではないが』
今は手探り状態だとコルネーリォが続ける。だがその一言は、グレンが何より待ち望んだものだ。わずかな可能性だけでも見つけられたなら、グレンの背を後押ししてくれる。
「十分だ」
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