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第二十五話 覚悟

 討議を終えたその足で、王宮の道中を静かに進んだ。己が住まう宮殿へ続く方角とは違う道だ。  背後で従う十人の臣下たちは、君主が寄り道しても無言で続く。みながエスマリク宮殿に仕えるものだ。  綺麗な深い池彫りの橋を渡り、迫力がある巨大な石像を過ぎ去っていく。あちらこちらに、外装の華やかな、側妃たちの宮殿があった。遠くには深い森も見える。  大胆に剪定された若々しい木々が瞳の端に並び、足元では凛とした花が過ぎ去ってゆく。広大な中庭で視界を飽きさせないよう、美しい景色が移り変わった。隅々まで手入れされた清涼感がある王宮の庭で、数十分の散策をして足を止める。  金の両目が見上げたものは、大きな石を何段も積みあげて造られた、見事な石の宮殿だった。天に届くかと錯覚させるほどの圧倒さ。  壮大な岩山を丸ごと移動したかと思わせる宮殿は、力自慢の獣人が全力で体当たりしても、一寸も動きはしまい。頑丈な壁の一画に、皇帝は己の片手を迷いなく添えた。  手のひらをかざす、一部分に力をこめる。皇帝の圧力を受け、幾段も積み重なる石の壁が、一つへこんだ。間もなく地面が揺れ動くほどの地響きが鳴り響く。少しの段差もなかった、重い石の扉が、ぎぎぎと音を立てて左右に開いた。皇帝を迎え入れるかのように。 「そこで待て。ついてくるな」  後ろで顔を伏せる臣下たちに片手を振る。命めいを受けた臣下たちは忠実に足を止めた。一つの乱れなく待機したのを見届けて、皇帝は、石の宮殿に姿を消した。  たったひとり立ち入れば、背後で重い扉が閉まる。閉ざされた目の前には、上下にわかれる階段があった。石造りの宮殿はどことなく薄ら寒い。不気味な静けさが漂うなか、かつんかつんと音を響かせ、石の階段を下へ進んだ。  緩やかならせん状の足元には、ひとつずつの段差に合わせて光源が灯される。四角にくりぬいた石の壁に、ろうそく立てが置かれていた。  柔らかな光を踏み、長い階段を渡り終われば、薄闇に包まれた視界が開く。そこには洞窟とは思えないほど、煌々とする明かりがあった。扉すらない解放された入り口をくぐる。  とたん、どこまでも開けた、神聖な空洞が展開した。石の壁の側面は緩やかな波を打つ。大きく広がる空間には控えめな装飾品が均等に飾られた。いたるところに灯籠が宙に浮かび、暗闇を照らす。  まるで、夜の空を照らす無数の灯火だ。天寿をまっとうし、大役を終えた幾多もの魂が、天に還ってゆく光景を思わせた。

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