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外界とは無縁の静かすぎる空間に、臆することなくさらに進む。緩やかな壁の前には、何段もの祭壇があった。無数に置かれたろうそくが、皇帝の訪れを歓迎するとばかり美しく揺らぐ。奉られる位牌とともに、石の壁全体に、皇族の肖像画が飾られていた。
皇族しか立ち入れない石でできたシェンデサラ宮殿は、先祖の魂が眠る墓だ。いずれ、現王である我が身、アドニス・セドラークの魂も、肖像画とともにここで眠りにつくだろう。最上階の最先端で。
優しい波を打つ石壁の前を、姿勢よく歩き進める。数々の肖像画の前を過ぎ去って、進む足が止まった。天に昇る燈籠に紛れて浮かぶ、一つの姿絵を仰ぐ。太古の呪いの始祖とされた獣人王だった。人間に立ち向かい、小国シーデリウムを帝国にまで導いた、偉大な始まりの獣人王ともされる。
金の瞳に金の髪。その姿は、現王アドニスの生き写し。絵画に入りこんだ魂が、現代に降り立ったかと錯覚させるほど。
アドニスに兄弟はいないが、年の近い皇族ならもちろんいる。それでも、これほど呪いの始祖と似通うのはアドニスだけだ。成長するたびに偉大な獣人王に似る我が子を見て、先帝である父王は驚きを隠さなかった。始祖の生まれ変わりだという臣下すらいた。
その面影をなぞるように、アドニスはある日突然悪夢に囚われた。延々と続く悪夢に。気が狂いそうになる生々しさを伴って。
まだ幼かったアドニスは、それこそ夢と現実を区別できなかった。片手、片足、胴体、首。無残に散った魂をつなぎとめるように、幻の残骸を幼い手で一つずつ並べていく。
元の形であろう姿に戻し、祈りをこめて天を仰ぐ。どうか、このものたちを蘇らせてやってくれと。血にまみれた肉片を抱きしめて、ひとり、断末魔の悲鳴をあげる。凄絶な状況で己だけが生き残ってしまった、わびしさを抱えて。
憎悪でこの身を焼かれるようだ。無力な己を嘆き、滅び去る大地とともに、業火の炎に包まれてゆく。
一夜が一年に感じ、一年が十年に感じ、十年が百年にも感じる。そうして獣人王の呪いを受けたものが、時代の帝王となる。怨念を強く受けた皇族は、皇族のなかでもずば抜けて獣性が高かった。
同じ血脈でも、従兄弟のディートリヒは皇帝より獣性が劣る。悪夢も見ない様子だった。だが。
「余の何が生まれ変わりか」
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