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 己が進もうとする先は、父王が望む道ではない。始祖の獣人王が示した道でもない。人間を滅ぼせという呪いは、道半ばになるかもしれないというのに。  なぜ自分が、妄執にとりつかれなければならないのか。襲い来る怨念に枕を濡らせば、冷厳な父王に弱い姿をさらしてはならぬと躾けられた。誰も信じてはならず、憎しみを糧として生きろと。己と同じく人間を憎み続け、帝王の道を諭した父はもうない。  幼い頃は反発もした。どこにあろうと孤独な苦しみを抱える王座など、他のものにくれてやる。他にも皇族はいる、それなのに。夜ごと襲う怨念に我が身を引き裂かれそうになりながら、何度そう思ったか。しかし悪夢は離れなかった。  たとえば子を成し、己の血を継ぐ我が子に怨念が降りかかれば、呪いは離れるかもしれない。だが孤独な王座で生き続ける苦しみを、我が子に与えてしまうだろう。それを思えば、己の子など作る気にもなれなかった。心休まる時もない生き地獄を、我が子に味わわせるなどと。  それでも人間を許すのか。許せるか。許し、再び手を取り合って。己が守るべき自国の明暗を、賭ける価値は人間にあるか。そして先の未来で、悪夢と同じ惨劇を繰り返したら。  己の両肩にのしかかるものは、守るべき民衆の命と祖国の未来だ。孕み腹を利用し続け、遠い先で人間の暴動が起きたなら。獣人は今度こそ、人間を根絶やしにできるだろうに。  ここで選択を誤ったアドニスは、暴君どころか愚かな暗君として名を遺すだろう。それらすべてを背負い、人間を自由にする真価はどこにある。  アドニスとて解放されたい、まとわりつく苦痛から。再び人間を信じ、受け入れたら、夜の訪れとともに襲い来る、悪魔の妄執から解放されると信じてよいか。信じたのちに、二度の裏切りにあえば……どうする。  ひたすら肖像画を見つめるアドニスの背に、じっとりと汗がにじんだ。憎悪の渦にのまれそうななか、深くまぶたをとじて、己の心髄に問う。この時代に与えられた、己の決断を、生涯貫きとおす覚悟はあるかと。  ともすれば乱れそうになる呼吸をひとつ整える。強い意思をこめて、黄金の瞳をあげた。かつて人間に立ち向かった獣人王に、敬意を表して拝礼する。深く伏せた顔に、揺るぎない意志をこめて前を見据えた。 「古代の獣人王であらせられる、あなたの望みを私は叶えられませぬ。私は、あなたの怨念に導かれ帝位についたが、あなたの意思とは真逆の国を作ろうとしている」  人間を認め、受け入れるほうへ。始祖の獣人王は許してくれるか。意思に反した道を、あえて進もうとする呪いの血の末裔を。 「長い時代を超えて、愚かな子孫が築く未来を、どうか天から見守っていてくださるよう、ここに申し上げましょう。そしてあなたの時代と同じく、滅びの末路になったなら。天から嘲笑ってほしい」

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