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 ルトは昨日孕み腹の宮殿に移された。魔術師の懸命な治療で体調が整って、ようやくラシャドのもとで安息が得られるだろうというときに。またも、ルトの意思を蔑ろにして、ルトの身体だけが支配されようとしている。  死の淵から目覚めたルトに、吉報を届けるどころか、一生ここへ縛りつけてしまうなんて。  すでに密会の場となった孕み腹の裏山に、ためらいなくラシャドを呼び出す。まだ日は高い。この時間ならおそらくどこかの警護中だ。精鋭兵の厳しい監視もあるだろう。しかし、なりふり構っていられなかった。役目を終えたコルネーリォもじきにここへ加わるはず。  案の定ラシャドはすぐに飛んできた。息を乱した漆黒の瞳と目があえば、怪訝そうな顔をされる。もしかしたら、グレンの顔には焦燥が滲んでいたかもしれない。グレンを見るなり、何事かを察した黒い両目が狭められた。 「孕み腹はどうなった」 「それは……、上手く、いった。孕み腹は撤廃される。だがルトは……」  包み隠さず結論を告げる。事の顛末を伝え終われば、向かい合うラシャドの顔色が見るからに変わった。漆黒の双眸を吊り上げ、顔つき険しくグレンに詰め寄る。襟元をもぎ取るように掴まれて、グレンの首元が締め上がった。 「何だと? もういっぺん言ってみろ。誰が、陛下の妃にされるだと? あいつは孕み腹だ」  眉根を寄せたラシャドが、尖る声を低く唸らせる。グレンは焦る気持ちを抑え、痛んだ頭をゆるく振った。重苦しい口を、もう一度開く。 「側妃より下位にあたる番の妃を、孕み腹の撤廃に伴い陛下が新たに設けさせる」 「ふざけんな」  ラシャドが吐き捨てた。どんなに歯痒かろうと、正式に皇帝から下った決議はどうにもならない。覆すなど不可能だ。このままでは、孕み腹を奴隷の身分から解放する代償に、ルトは番の妃にされてしまう。ルト以外の孕み腹は自由を得るというのに。  ラシャドもわかっているのだろう。こうなってしまっては、ルトの意思はないものとして、ルトは皇帝の傍に置きとどめられることを。もはや打つ手なし。孕み腹の解放まで、あと一歩にきたところで。悔しいが、ここで八方塞がりだ。  焦燥にかられるグレンの、豹の耳と尻尾が落ち着きなく動いた。すぐ横で短い声を発したラシャドが、大木を拳で揺らす。空に伸びる無数の葉まで動揺し、散らされた葉がグレンの目の先に舞い落ちた。 「あいつが陛下の妃になるんなら、他のガキどもを解放しても無意味だ」 「わかってる!」  グレンたちが、必死に根回しして動いてきたのはルトがいたからだ。人間が奴隷から解放されるなら、そこにルトもいるべきだ。なぜルトだけがこの国に縛られなければいけない。  搾り出すような、互いの唸り声が響く。この結末を受け入れるしかないか、本当に、手立てはないか。万に一つあるとするなら、唯一、残された道は……。

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