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 グレンたちの虚しい沈黙を、不意に姿を現したコルネーリォが拾った。 「ずいぶんと荒れているな。そんなに、目当ての少年が皇帝の妃になるのは許せないか」 「当然だ、くそったれが」  影もなく目の前にきたコルネーリォに、慌てる素振りも見せず、ラシャドが眼光を強めた。グレンと肩を並ばせて漆黒の瞳を血走らせる。  今にも爆発しそうな眼差しを冷静に受け止めて、コルネーリォはやれやれと片頬をあげた。そして何食わぬ顔で、誰もが避けてとおる提案を口ずさんだ。 「手伝ってやろうか。ここまで付き合った好だ。どうしてもあの少年を、自由にしてやりたいと思うんなら。件の少年を逃がす、手助けをしてやろう。むろん今すぐではない。猶予は三か月ほどか。それだけあれば、逃げる段取りは十分整う。お前らに、皇帝を敵にする、覚悟があるのならば」  グレンたちの本気を試す口調で言う。強い意志を固めるコルネーリォに、グレンとラシャドは同時に顔を見合わせた。唯一、残された道は。  覚悟なら……もう、すでにある。二人一緒に、勝ち気な笑みを浮かべた。 「乗った」 「ああ」  皇帝の、ひいてはすべての獣人の意に反し、孕み腹と逃亡する。王宮で語り継がれる禁断の恋物語を思わせた。けれど、かつての時代とは状況が決定的に違う。  ヌプンタとの条約はまだ成されていないが、グレンたちには確信があった。ヌプンタは、皇帝の条件を受け入れざるを得ないと。ただでさえ少年の貢ぎものは集まりが悪い。  貢ぎものは隷従の証だ。そこを外交官がうまく転がせば、事は獣人の都合の良いほうへ進むだろう。少年たちを解放する代わりに、政略結婚が認められる。そうなればルトたち孕み腹はお役御免。  孕み腹の認識を少しでも払拭させるため、シーデリウムで妃にするルトが後宮から逃げ出しても、皇帝はヌプンタへ乗りこみはしない。新たに誓約されるだろうヌプンタとの条約を、守らざるを得ないのだ。  戦ではなく奴隷を解放し、表向きには、和平を結ぼうとしているのだから。少なくとも舌の根が乾かないうちは。  むろん皇帝に背いたグレンたちに追ってはかかるだろう。しかし妃にされる人間がいなくなったと知れ渡れば、獣人の反発心を煽るだけだ。ルトが姿を消しても、民衆の暴動を制するため、王宮は沈黙を守るしかない。  何といっても、今のグレンたちには最強の味方がいる。大昔は悲恋に終わった逃亡劇は、この時代では成就する。他の少年たちとともに、ルトは自由にしてやれる。  無事に王宮から逃げ出せたら、ルトは、自分の信じる道を行けばいい。グレンも、きっとラシャドも、ルト自身が決めた思いを尊重する。 「俺の力で皇帝陛下を欺ける時間は、一時間と少し。もって一時間半だ。それまでに後宮を離れ、遠くに行ければ逃げ切れるだろう」

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