313 / 367

25-(8)

「十分だ」  二人同時の返答に思わず互いの顔を見合わす。真横で並び立つ目の先で、グレンは苦笑して、ラシャドは肩を竦めた。一時間もあれば、広い王宮どころか街はずれまで行ける。獣型になればさらに遠くへ。  グレンが口を開きかけた、そのときだ。がさりと土を踏む音が聞こえた。獣人が避けてとおる、孕み腹の裏山で。誰かの足音だ。  思いのほか近い場所で響く。コルネーリォはともかく、グレンもラシャドも武術の心得はある。だというのに接近されるまで気づかなかった。気配を消してきたのか。  姿が見えぬ足音に、全員が緊張して顔つきを鋭くした。音がしたほうへ一斉に目を向ける。視線をものともせずに木の陰から現れたのは。 「こりゃ驚いた。ずいぶん珍しい顔ぶれがそろってんじゃねえか」  感心する声とともに、新たな獣人が姿を見せた。グレンたちをぐるりと見渡し、いかつい顔に悪戯な笑みを浮かべる。虎の獣人だ。ラシャドがよく見知った。 「ムイック隊長……何でここに」  緊張で一気に静まる山奥にラシャドの硬質な声が落ちる。ラシャドをしっかり捉えた隊長が、にやつく笑みを消した。かわりに、声色を重低音にした隊長の声が飛んでくる。 「ラシャド。最近お前が消えると度々報告されていた。お前の前科なら腐るほどあるからな。見張らせてもらったぞ」  黙りこむグレンたちを睨みつける、隊長の表情が厳しくなった。対立する視線が絡み合うなか、緊迫する空気に全員が息さえ殺す。  義理堅い隊長だ、どれほど不利な状況でも仲間は売らない。と言っても、話の内容が内容だ。清宮殿での決議を密談するなどと、厳罰どころでは済まされない。  虎の獣人がどんどんと、鬼気迫る顔で接近した。先ほどの忍び足はどこへやら。大股に、がさつな音をたてて、集まる三人に詰め寄ってくる。苦り顔のラシャドのすぐ横で、大柄な足を止めた。隊長は石さえ砕きそうな握り拳をひとつ作ると、はぁーっと滾る拳をあたためた。 「こんなところに集まって、こそこそと、何をやってんのかと思えば……、よッ!」 「っぐぁ!」  怒声に紛れ、鈍い音が静かな山奥にこだました。これは痛い。かなり痛い。ど派手なげんこつを食らったラシャドは、ひしゃげた呻き声をあげた。両手で頭を抱え、うずくまる。  真っ黒な石頭はかち割れなかっただろうか。軋んだ歯の隙間から、短い悶絶が漏れ聞こえて、さすがに心配だ。  口元を引きつらせたグレンがあっけにとられるなか、ムイック隊長は、ぷるぷるしゃがむラシャドの隣に陣取った。その場であぐらを組んで居座る。瞬時にすまし顔になったコルネーリォに至っては、近かった距離が五歩ほど離れていた。なんと素早い足さばき。

ともだちにシェアしよう!