314 / 367
25-(9)
みなが、顔をひきつらせて黙りこむ。沈黙が流れるなか、隊長は厳しい表情を緩めて口を開いた。
「そう構えなさんな。何も俺ぁ、お前らを取って食おうなんざ思ってねぇさ。話は聞かせてもらったぞ。まったく……孕み腹と逃亡だって? 魔術師も抱きこんで、若ぇ奴らが大それたことを考えたもんだ」
緊張する空気を一掃して豪快に笑う。気を持ち直したラシャドが、渋り顔になって隊長の隣に座りなおした。続いて、グレンとコルネーリォも腰を落とす。
ムイック隊長は頭が固くて有名だ。大真面目で、規則や世論に重きをおき、細かい規律も徹底する。取って食う気はなくても、孕み腹と逃亡するとなればどんな大目玉を食らうか。逃げも隠れもできない顔ぶれを直視された。
「魔術師の味方があるっつってもな。ラシャドの足だってついたんだ。王宮から逃げ切るのはお前らだけじゃ無理だぞ。俺ら、衛兵の目はごまかせん。俺が選び抜いた精鋭兵、なめんなよ」
やはりきたか。説き伏せようとする隊長にグレンたちが押し黙る。誰ひとり首を縦に振らなかった。ラシャドが隊長に顔を向けた。
「ムイック隊長。悪ぃが、俺たちは後には引く気ねぇんだ。協力してくれとは言わねぇから。このまま、何も、見なかったことにしてくんねぇか」
「俺の説得には応じねぇってか?」
難しい顔をしたムイック隊長に、意思を固めた視線が集中する。覚悟を乗せた面々を眺め、隊長は、深く長い息を落とした。
「どうしてもか」
「どうしても」
ラシャドの強い返答に腕を組んで、考えこみ、隊長は大きく首を振る。長い沈黙だった。いや、実際は長いようで短いとは思うが、焦る気持ちが余計に長く感じさせる。
間を置いて、隊長は閉じた目を開いた。と思ったら、誰ひとり夢にも思わない発言をした。
「大馬鹿野郎どもが。仕方ねぇ。ここまでくりゃ、悲恋の伝説の大勝負に打って出てやるか。ここは、一肌脱いでやらぁ」
「ん? なんだって? ムイック隊長……熱でもあんのか? 腹でも下したか?」
信じられない。皇帝に背く重罪に加担すると言ったのか。あの生真面目な隊長が。雲行きを探るグレンも、驚いて息をつめた。
ラシャドに至っては、具合が悪いのかと心配そうに、端正な眉をひそめた。あちこちから顔を出してムイック隊長を覗く。運悪く、隊長の目の前に飛んで出た頭へ瞬時に二発目を食らった。割れそうな音を響かせてまた石頭を抱えこむ。
悶絶するラシャドの隣で、グレンは戸惑いながら口を開いた。聞き間違い、ではなさそうだ。
「まさか、俺たちに、力を貸してくれると? あなたがですか。いったいなぜです。ムイック隊長は、朝議殿でも孕み腹の撤廃を後押ししてくれました。俺は、あなたは、規則を重んじる方だと思っていました。理由を、聞かせてもらっても?」
完全に警戒心が解けないグレンに、隊長はいかつい顔を緩く崩す。どこか吹っ切れたような、それでいて苦みをかみつぶしたような、感慨深い顔をした。
「理由なんかねぇさ。ただなぁ。お前ら若いもんが、矢面に立って、四面楚歌で戦ってるってぇのによ。年寄りが、重てぇケツあげなくてどうすんだ。俺ぁ今まで、人間を虐げるのは間違ってんじゃねぇかって思ってても、なんにもしてこなかった。散々、人間を虐げてきた。その溜まりきったツケを、今やっと、俺なりに払ってるだけさ」
ともだちにシェアしよう!