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たったひとりが、何をしたって変わらないと思っていた。だというのに多勢に無勢で、信念を曲げず立ち向かう勇ましさを見たら、たちまち恥じ入る思いがした。
声をあげずして何を語れる。何十人の反対のなかにあっても埋もれない、若者の雄姿に、それを教えられた気がしたのだと。
長い間、皇帝の手足となって孕み腹をねじ伏せてきた。最初で最後に皇帝を振り切って、人間のために動いても、罰は当たらないだろう。
「だいたい俺ぁ、早く隊長を引退してぇんだ。その前に神様に物申し、ひと暴れするってのも、味なもんだろ。できればこいつに長を譲りたかったんだがな。あんだけ! 孕み腹に入れこむな、つったのによ……俺の忠告は、どこにいった? あぁ?」
ぶつぶつと小言を零す隊長を見つめる、ラシャドの口角が微かに上がる。おそらく照れもあったのだろう。
「っつぅか。だからよ。ムイック隊長、まだ四十過ぎだろが。いちいち年寄りくせぇっての」
などと突っこんだ。グレンは身を正し、颯爽と頭を下げる。立ち上がり、背筋を伸ばし、隊長に向かい両膝を地面につけた。深く身を下げる動きにあわせ、琥珀の髪がさらりとなびく。地位も権力も、何もかも投げうたねばならない画策だ。その重みを乗せて。
「感謝します」
ムイック隊長が、こちら側にいてくれるなら百人馬力だ。綺麗な礼をとったグレンが頭をあげれば、感心するコルネーリォが続いた。
「奇跡を見るようだな。あんな小さな少年が、ひと山ふた山と、巨大に連なる獣人たちを動かすのだから」
「いいや。奇跡なんかじゃない」
何気ない一言にグレンは間髪おかず首を振った。そんな単純なものじゃない。グレンたちがこうして動かされたのは、非道な環境でも屈せずに、生き抜こうとするルトの心に触れたからだ。
それは奇跡ではなくて。理不尽な扱いのなかで、ルトが己の心を失わないように、己自身とずっと戦い続けてきた結果だ。
「なるほど。確かに俺は、道半ばで諦めた。肝に銘じておこう」
コルネーリォの口元に小さな笑みが刻まれる。わずかな変化を見逃さなかったグレンは、若草色の魔術師を見返した。
「だがコルネーリォはいいのか? 陛下に手出ししたと知られたら、魔法省どころか、陛下の重臣たちも黙ってない」
それこそ命知らずだ。拝命された核種胎を開発すれば明るい未来がある。このまま無難な道を進めば、いずれは総帥という名誉と地位が与えられるかもしれない。
グレンの指摘に、コルネーリォは今度こそ表情を和らげた。若草色の目元が緩む。その表情は、初めて顔を合わせた冷たい顔からは、想像もできない穏やかさがあった。
「そうなったら、すべての力を駆使して魔法省を逃げ出す。今はもう子どもではない。本当は……もう、逃げようと思えば、俺はいつでも逃げられた」
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