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 成長した今なら、知恵も体力も十分ついた。強い魔術をコントロールする術も得た。ある程度の地位も与えられ、魔法省の仕組みも、すり抜ける穴も熟知した。  こんな腐った場所で朽ち果てるのはまっぴら御免。そう思いながら、結局はコルネーリォも、現状に足の先まで浸かっていたのだ。己の甘さをグレンたちが気づかせてくれた。  何より、絶対に逃げ出せないとがんじがらめになった足枷を、己で砕くきっかけをくれたのだ。その恩返しもかねて、危険を承知で力を貸す。  そう穏やかに言ったコルネーリォに、グレンは頬を緩め、黙って顎を引いた。 「ルトを逃がすのは明らかな悪路だ。幸い、残された時間は短くとも三ヵ月はある。その間に、状況はまた変わっているだろう」  ルトは出産を終えているだろうし、コルネーリォが任命された核種胎も、完成もしくは完成に近づくはず。すぐには厳しいが、ヌプンタとの条約も進むだろう。  その間にグレンたちは、状況に合わせて緻密な計画を練り直せばいい。今はとりあえずの方向を算段する。悪路を少しでも、進みやすくする補正はその後だ。グレンの指示にコルネーリォが機敏に頷いた。 「とりあえず俺は、アメジストの少年から黒オオカミの子を取り上げるとき、便乗して足環を外す。獣人の手で簡単に外れるよう細工するから、黒オオカミは外した足環を、寝台の下へ隠しておけ」  画策が始まったとたん、黒オオカミと連呼されたラシャドがちっと舌打ちした。 「黒オオカミじゃねぇ。じじい色が」  今度はじじい色とけなされたコルネーリォが、若草色の瞳でラシャドを睨む。よくわからない感覚だが、ラシャドから見れば、コルネーリォの瞳の色はなぜかじじい色になるらしい。  視線が合ったとたん火花を散らす二人の間で、目を丸くしたのは隊長だった。いかつい顔は次第ににやつき、ラシャドをとおり越してグレンを覗く。口をぱくぱく動かし、こいつら仲悪ぃなと楽しそうだ。見てのとおりだと、グレンは苦笑した。 「それで……、目覚めたルトの足環を、ラシャドが外した後はどうする?」  顔つきを改めたグレンが問えば、コルネーリォが先を告げた。 「俺たち魔術師は、足環が移動したかどうかで目覚めを判断する。足輪が寝台付近にあれば、まだ眠っていると認識するだろう。その間に、黒オオカミは少年を連れて逃げろ。俺は子を取り上げた足で、出産の報告を陛下にする。そのときに、陛下の記憶をごまかす」  コルネーリォが得意とする魔術のひとつ、記憶を操作する力だ。風や水といった、自然の波を荒立てる派手な術ではない。視線を交わすだけで脳に作用できる能力だった。  出産後である報告を、出産前の報告に組み替えるという。皇帝の記憶を弄り、わずかな時を巻き戻す。獣人の帝王に、どこまで通用するかはわからない。だが多少なりとも効果はある。

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