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「俺が皇帝をごまかせるのは、もって一時間半。それを過ぎれば、少しずつ気を取り戻し、陛下の時間は元に戻るだろう」 「では俺は、孕み腹に関わる役人たちを、陛下から遠ざけよう。ルトの詳しい状況が、陛下に伝わらないように」 「なら俺ぁ、精鋭兵の足止めでもしておくか?」 「その間に、俺はあいつを連れて逃げると」  勝負はもって一時間半。その時間だけ集中的にごまかせば、皇帝から逃げ切れる望みはある。グレンとムイック隊長、最後にラシャドが続く。それぞれが大きく頷き、目線だけで静かな結託を示した。  一応は大まかな話はまとまった。ように思った。しかしそこで、冷静さを崩さないコルネーリォが、一歩踏みこんだ一言を加えた。 「しかしだ。黒オオカミとグレン殿は、同じ少年を取り合っているのだろう。グレン殿は、このまま身を引くのか? 協力者の俺としては、黒オオカミよりも、グレン殿に軍配が上がってほしいところだが」 「うるせぇな。だから、取り合ってねぇっつってんだろ」  ラシャドが毛を逆なでて威嚇する。それを横目にして、思考を巡らせたグレンが口を開いた。 「俺は……ルトの、思いに託したいと思う。俺は、ルトが辛いときに、傍で力になってあげられなかった。それでもルトが俺を選んでくれたなら、全力でルトを守り抜く。俺の一生をかけてだ。だがもし、ラシャドの手を取るなら……無理強いはしない」  シーデリウムに奴隷として連れてこられ、運命に翻弄されたルトが、またも皇帝という強大な存在にからめとられようとしている。ルトの意思にかかわらず。  噛み合わない力が合わさったのはルトがいたからだ。なのになぜ、ルトの自由だけが奪われ続ける。ルトが生き抜く道なのに、ルトに何一つ選択権は与えられない。グレンにはそれが我慢ならない。ルトは獣人の道具じゃない。確固たる意思を持つ、立派なひとりの人間だ。  ルト自らで、ラシャドを選ぶなら、グレンは潔く道を譲ろう。だがそうでなく、グレンを選んでくれるなら。ラシャドから奪い去ってでも、生涯思いを添い遂げる。二度と、ルトの手を離しはしない。一生、皇帝から逃げ続けることになっても。  グレンたちが言い合う内容に、ムイック隊長が、いかつい目を見開いた。 「なんだなんだ? ちょっと待て。俺はてっきり、孕み腹と一緒になんのはこいつなんだと思ってたんだが。孕み腹に入れこんでんのはラシャドじゃなくて……グレン殿もか? ん? 取り合ってるっていう少年は、こいつが孕ませた人間で間違いねぇよな? 陛下が夜伽に召すっていう……んん? 待て待て。つまり孕み腹は、誰と好い仲なんだ?」

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