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 グレンは一度も孕み腹を使っていない。皇帝にしか関心をもたないグレンが、孕み腹を取り合うとは初耳だ。グレンが強い意を表せば、隊長が首をかしげた。隊長の隣に座るコルネーリォが、興味深げに頷く。 「実に複雑な関係だ。そしてその人間が、少なくとも三ヵ月あまりで、強引に陛下の妃にされそうなものだから、慌てて対策を練っているわけだが。件の少年が最後に誰を求めるのか、定かでないのが残念だ」  残念と言いつつ非常に楽しそうなコルネーリォを、ラシャドが睨む。しかし鋭い視線には動じない。あくまでも冷静な表情で、わずかに口角を上げるだけだ。見た目はほとんど変わらないが、明らかに冷淡な声色を浮かせたコルネーリォに、隊長がほぅと強固な顎を擦った。 「ってことはだ。孕み腹の心はまだ決まってねぇってことか? ならここで逃亡計画を立ててるが、もしもだぞ。逃亡にしり込みした孕み腹が、お前らの手を取らない可能性もあると?」 「むろん、なきにしもあらず」  隊長の疑問にコルネーリォが即答する。逃亡に失敗すればさらし首だ。自分ひとりのために、いくつもの命を犠牲にしてまでルトに逃げる意思はあるのか。 「俺が見る限りでは、あの少年は自分より他人を優先する性格だ。たとえ、命であっても」  グレンやラシャドの未来を巻き添えにして、安穏と守られる性格でもなさそうだ。コルネーリォの確信をつく言葉に、グレンたちが黙りこんだ。ラシャドは口を曲げて、グレンは思案気な顔をする。  三者三様の様子を察し、何となく状況を悟ったのだろう。ムイック隊長も、にやつく声を出した。 「ははぁ。なるほどな。なら今後の俺たちがどうなってんのか。最後の結末は、たったひとりの少年にかかっているわけか」  地位も権力も、何も持たない小さな儚い人間に。ときに、成り行きに身を任せるのも緊張感があってよし。そう隊長がどっしりと、頼もしく太鼓判を押した。 「しかしだ。陛下や魔術師まで振り回す孕み腹の顔を、間近で拝んで見てぇ気もすんがなぁ」  ムイック隊長とコルネーリォの、率直で冷静な指摘に、考えこむ獣人二人がようやく反応した。 「俺だってあいつを、無理やり傍に縛りつけたいとは思ってねえ。さんざんあいつの思いを踏みにじってきたんだ。この期に及んで、あいつの意思を粗末にはしたくねぇさ」

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