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 これ以上はルトの意思を奪いたくない。ラシャドとて、ルトの心にこたえたい。それだけだ。皮肉混じりに顔を歪め、ラシャドは一息ついてグレンを見た。 「だがいいのか。もしお前が陛下の意思に逆らって、あいつと逃げれば、お前の家名に傷がつくぞ」 「構わない。俺の家名は兄が継ぐ。代々皇帝に仕える俺の家は、俺を切り捨てれば生き残れる」  ラシャドの言い分に、グレンは表情を緩めた。グレンの家元は、貴族のうちでも上流階級にある。先帝の崩御とともに両親はすでに隠居した。  兄は遠方で官職を勤め、皇帝の憂いを遠い場所で取り除く。グレンが王宮から姿を消せば、代わりに兄が、皇帝を支えてくれるだろう。ともに育った兄とて皇帝の性格は熟知する。  一族もろとも裏切ったグレンを切り捨てれば、歴代の皇帝に仕えた功績を差し引いて、命まではとられまい。減俸や、最悪数年だけ苦役は課せられるかもしれないが、おそらくグレンの身内は厳罰を免れる。わがままを言わないグレンの、一度きりの身勝手を、どうか許して欲しいと願う。  しかしそういうラシャドにも両親がある。グレンが言い返せば、ラシャドが鼻で笑った。 「俺の家は、代々名のある武将を受け継ぐ家系だぞ。王宮の衛兵から逃げ延びるなんざ、クソ親父には屁ともねぇさ。生みの親はもとから放浪族だ。ちっとも家にゃ寄りつかねぇ。心配しなくても、ルイスたちは、俺がきっちり守ってやらぁ。傷ひとつ負わすかよ」  肝心なルトは、体調が整い月白げっぱく殿に移ったところ。子を産むまでの時間はある。三ヵ月あまりで、己が進む未来の選択を決めればいい。  ここにいる揺るがない仲間が、人知れず段取りは整えるから。グレンたちはルトの選択を守り抜くのみ。  信じる未来を、いつでも決行できるよう。一世一代をかけた大舞台は完璧に整える。残すはルトが、自分とともに、晴れの舞台へあがる主役を誰にするかだ。 「ルトは情に厚い。ルイスや、これから生まれる二人目の子を手放せないかもな」 「わかんねぇさ。あいつは意外と頑固なんだ。こうと決めたらてこでも動かねぇ。お前に気があるのに、こっちにふらふらしねぇんじゃねぇか?」  もしかしたら、横暴で身勝手な獣人に愛想がつきて、懐かしい故郷に去ってゆくかも。捨てられたルトを育ててくれた村人や、毎日賑やかだったという村の子どもたちのもとへ。  しばしの沈黙が流れ、何はともあれ、と二人は声をそろえた。 「あいつが」 「ルトが」  コルネーリォたちが見守るなか、グレンとラシャドの視線が交差した。互いに不敵な笑みを浮かべる。同時に発せられた次の台詞は、一寸たがわず異口同音になった。 「誰を選んでも、恨みっこなしだ」

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