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「本は……好きだけど、読む気になれなくて」  力なく首を振れば、ラシャドは口を閉ざして辛そうな顔をした。どうしてそんな顔をするの。  別にルトは、一日中寝室に閉じこもっているわけじゃない。月白殿でも相変わらず、ラシャドはルトの手作りを食べる。だから食事の準備だけは毎日する。  心配しなくても、もう少ししたらちゃんとするのに。ルトを見つめるラシャドが、苦しそうな顔をする理由がわからなかった。 「ちゃんと、晩ご飯は作っておきます」 「……頼む。お前も動けるんなら、昼飯でもとれよ」  穏やかに言ったラシャドは立ち上がりざま、丸い頬に武骨な指を添えてきた。痩せてしまった細い顎先を、指の先で持ち上げられる。端整な顔が近づき、形よい唇がルトの薄いものと重なろうとした。  ルトは逆らわず瞼を閉じる。けれど寸前で動きが止まり、ルトの鼻先で、逡巡した気配がした。  ためらう指先が、上向く顎先から滑らかに移動して、流れる前髪をかき上げてくる。ラシャドの肉厚な唇は、露わになった白い額へ柔らかく落ちた。 「俺は警護に戻る。お前は、殿内にいろよ」  互いの距離がぐっと縮まり耳元で囁れる。隆起した太い喉仏が、ぼぅっと見つめるルトの視線の先で揺れた。整う襟首の隙間からすらりと伸びる、ラシャドの首筋を眺め、小さく頷く。ラシャドはたぶん、紫苑殿で襲われたから、必要以上に警戒しているのだ。  月白殿では敷地内だろうと外に出られなくなった。中庭に行くときは、必ずラシャドの目がある。何があってもひとりで外に出るなと言われ、食材をくれる給仕係が来ても、扉を開けるなと釘をさされる徹底さだ。  でも今は、したいこともないし、あえて逆らおうとも思わなかった。従順なルトの頬をラシャドの指先が撫でて、名残惜しそうに離れていく。足音も立てず遠ざかる背を、言葉もなく眺めた。広い寝室の扉が静かに閉ざされた。  昼休憩の合間に、ルトの様子を見に来たのだろうか。声もかけずに見送って悪かったかと、詰めた息を吐き出す。無意識に、ぺたんこの腹をそっと撫でた。  腹の子のためにもできるだけ食べないと。そう思っても、食事量は紫苑殿のときと比べて圧倒的に少なくなった。  魔術師の点検を受けるたびに、栄養をとって体力をつけろと責められる。わかってはいるが気が塞ぐ。ラシャドは体調が戻るまで、焦らなくていいと言う。しかし、食の細さを気にしてはいるのだろう。  昨日は、ルトが好きな果実を買ってきてくれたのだ。ほんの少し酸味がある、あの甘酸っぱい果物を。ワニ族にいたぶられたときに、ルトが食いつないだ食べ物だった。

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