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 菖蒲殿では丸薬と一緒に与えられたから、若草色の魔術師が用意してくれたのかと思っていた。けれど違うのかもしれないと、密かに思う。  この状況で、全く同じ果物を買ってきてくれるなんて偶然が過ぎる。もしかしたらあれは、ラシャドが用意してくれたのかもしれない。  最近のラシャドはルトを大事に扱ってくれる。本当に。今のラシャドなら、ルイスと同じように、腹の子も大切にしてくれるだろう。そう思えた。  あんなに信じられなかった、ラシャドの想い。ルトに向けられる態度がどれだけ変わろうと、絶対に許せないと思っていた。以前なら、見えない振りをした。応えることはできないけれど、今なら素直に、まっすぐな心を受けとめられる。  献身的な真摯さは、ルトにわずかばかりの希望をもたらした。少なくともこの子は安心して産める。  仕事を終えたラシャドが帰ってきたら、早々に晩ご飯を食べるだろう。ルトはどうにか気を奮い立たせ、寝台を抜け出すと、食卓の準備に取り掛かった。 ***  なんだか肌寒くて目が覚めた。薄目を開ければ、ぴったりくっつくラシャドの姿がない。どうしたんだろう。いつも終わったら、そのままラシャドの腕のなかで眠る。たいてい朝方まで起きないが、この夜は、冷たい空気に身体が震えた。  寝室の明かりもついていなくて、窓の外は真っ暗だ。こんな夜中にどこかへ出かけたのか。最近のラシャドは変だ。  ときおり思いつめた顔をしたり、ぎこちなかったり。前はあれだけ強引だった態度がよそよそしく感じる。腹の子に子種を注ぐときも、ルトに触れる手が戸惑いを見せた。ラシャドの不可解な言動を思い、ルトはひっそりと身を起こした。  薄暗い灯籠を頼りに、真夜中の不気味な静けさに身を置く。広い寝台でひとり考えを巡らせた、そのときだ。静かな寝室を荒れた音が打ち破った。前触れなく鳴り響く遠慮ない音に、ルトの身が小さく震える。隣に続く居室からだ。何かが、派手に倒れた音だ。  驚いて飛び起きて、寝台の下で投げ散らかった衣服を羽織る。すぐさま居室に向かった。ドアノブをかちりと回そうとしたら、居室から、低い、唸りを伴う苛立った声が聞こえた。

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