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ラシャドの会話が気になって仕方ないのに、頭上からすぅすぅとわざとらしい寝息が聞こえた。穏やかな寝息には何度かだまされたが、もうルトは引っかからない。三秒で寝られる特技などラシャドにはなかったのだ。
何食わぬ顔で寝たふりをする態度にだんだんと腹が立つ。頑に、のどかな寝息をたてられて、自由がきかないルトは渾身の力で声を張った。
「起きて! 放して! 狼なのにタヌキにならないで!」
かろうじて動く手足をバタバタと捩る。がっちり抱えてくる隙間から、片腕を脱出させ、力が入らない手でぽかぽかと硬い背を叩いた。
ルトの激しい抵抗と、睨みつける視線を間近で受け止めて、頭上からちっと舌打ちされた。根負けしたラシャドは渋々といった体で、口を開いた。
「あれは……。お前ら孕み腹に怒ってたんじゃねぇよ。今、シーデリウムの国政が、大局を迎えてる。そのせいで、王宮の獣人どもがぴりついてるだけだ。確かにお前……というか、孕み腹に関りがあるが、まだ大っぴらには決定してねぇ」
「孕み腹のことで? 獣人たちが話し合いを?」
「とにかくお前は、まず、しっかり寝て食って、気力と体力でもつけてろ。話はそれからだ」
近いうち、嫌でもルトに状況は伝わるだろう。今はいろんな相手と話し合う段階だ。仕方なく教えてくれたが余計に不安になってしまう。
孕み腹に関して獣人が話し合うなんて、悪い予感しかない。ルトたちの境遇は今以上にひどくなるかも。そうなったらルトたち人間は、本当に死ぬしかない。
意識せず、ルトは身体に巻きつくラシャドの腕にしがみついた。
「孕み腹をどうするんですか? これ以上、まだ痛めつけるつもり……」
「違う。孕み腹が、今の状況よりも悪くなることはねぇ。それは約束する」
確信がある強い声音だ。乱れた夜着を握りしめる小さい手を、ラシャドがやんわりと包む。嘘か誠か。境界線を行き来する、ルトの瞳が揺れた。
目と鼻の先に見える漆黒の瞳だけでは、本心がわからない。抱き寄せられたルトの背にラシャドの力がこもった。とくとくと、力強い鼓動を聞きながら、動揺する紫水の瞳を瞼の裏にぎゅっと隠す。
「本当に? 信じても、いいんですか……?」
「信じろ。俺たちはもう、孕み腹に悪いようにはしない。今は休め」
逞しい腕に背中から包まれる。静かに与えられた温もりに、ルトはやがて、意識を手放した。
***
落ち着かない日々を過ごし数日が過ぎた。ラシャドは心配ないと言うけれど、どうしても不安が残る。
獣人たちの暴虐の日々を思えば、とても信じられないのだ。気が塞ぐせいか悪いことばかり考えてしまう。
ラシャドは変わった。だとしても、幾多もの獣人は変わらないのだ。
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