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 なんだあれは。よく見ようとラシャドの尻尾をめがけて歩み寄った。じりじり詰め寄るルトを制さず、ラシャドはどっしりと見守る姿勢。これ幸いと、濡れた黒い尻尾をルトはがしっと鷲掴んだ。  とたん、だらしなかった大きな背中がぴんと伸びる。引っ掴んだ黒い尻尾から目線をはずし、ラシャドの顔を見上げた。くつろぐはずのラシャドは息を止めて固まっている。尻尾が弱いんだろうか。触ったことがなかったから知らなかった。固まるラシャドを置いて、もう一度尻尾を見た。 「これ……、ひっつき虫?」  濡れた毛をかき分けて見れば、とげとげしい植物がいたる所にくっついていた。ルトの呟きに、ラシャドも一緒に自分の尻尾を覗く。今ようやくくっつく植物に気づいた様子。  瞬く間に、尻尾はルトの手から勢いよく逃げ出して、竜巻のごとく振り回された。突風を吹かせた尻尾が高速回転する。風呂上がりで濡れて滑りがよかったか。ラシャドの尻尾から、いくつかのひっつき虫が、水滴とともに飛び散った。 「わっ! 冷たっ、危ない! ちょっと! そんなに振り回しても取れないよ!」  もはや凶器だ。ふり飛ばされたひっつき虫は、弾けた音を立ててあらゆるほうへ消えていった。ルトが大声を出せば高速回転が止まる。とにかく、食事を片付けてからだ。  今日に限って食事量が多いけれど、作りすぎたおかずはラシャドの無限の胃袋へ、見る見る間に収まった。  後片付けを済ませ、ソファーを背もたれにして、ペタンと床に座る。ルトのすぐ横であぐらを組んだラシャドが、ルトに尻尾を差し出してきた。  ソファー前の暖炉に火をともしながら、余分な水気をタオルで拭きとる。どうやら尻尾が弱点らしいから、柔らかな手つきでふわりとかき分けた。 「どこに行ってきたの。こんなにくっつけて。山の奥にでも行ったの?」 「んー……」  細い竹くしをとおし、ひとつずつ丁寧に。ラシャドは初め、尻尾を触るルトの手に緊張していたようだが、繊細な手つきに少しずつ弛緩した。むしろ気持ちよさそうに、ときどき尻尾をふりふりと揺らす。 「じっとして!」 「ん」  がしっと、思い切り握り締めて捕まえてもおけず、ルトが声を張る。怒られれば頑張って動かさずにいるが、やはり我慢できずに揺れた。思わずルトの口元がほころんだ。 「はい、できたよ」 「んぁ」  ふさふさの綺麗な漆黒を、少しずつ下からすいて、先っぽまでさらりと仕上げる。つやつやになった頃には、ラシャドは完全に気を緩め、中途半端にソファーに埋もれていた。  翌日からラシャドはひっつき虫を大量につけて帰るようになり、呆れたルトが丁寧に毛づくろいする、という日課が加わったのだった。 ***  ものすごく機嫌が悪そうだ。朝は普通だったから、仕事で何かあったのか。夕飯になれば嬉々とするラシャドだったが、険しい表情は緩まない。  黒い尻尾が威嚇するように、ぴんと張り詰めては揺らされていた。さすがに今日はひっつき虫もよりついてない。 「何かあったんですか?」  食卓を囲み、目の前に座る漆黒の瞳に問う。ラシャドのしかめっ面がさらに曲がった。ぎしりと背椅子を鳴らし、腕を組む。逡巡したラシャドは、眉根を寄せて重い口を開いた。 「明日の夜……陛下のところへ、行ってくれ」

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