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「そんなふうには、思わないよ。人間ができてないとは思わないし、誰に悪いなんて思わなくたっていい。ユージンが、俺みたいになる必要はないんだから」
暴虐の嵐を、ルトだって決して許したわけじゃない。簡単に許せるはずもない。でも獣人が憎いからと、真摯に向けられた真心を踏みにじるのは、違うかとも思ったから。
ルト自身でさえ、最初は自分の感情に戸惑った。否定もした。人間を虐げる獣人を好きになってはいけないと思った。でもルトは、自分のなかで人知れずに芽生えた、綺麗な心を偽りたくなかった。
虐げられる日々で痛みや悲しみに埋め尽くされたけれど、そのなかで、ささやかな喜びや楽しみがあった。ほんの小さな感情を、憎しみで塗りつぶしたくなかっただけだ。
「俺は、ただ、自分の心を受け入れただけ。だからユージンも、自分の心のままでいられたら、それでいいと思う」
絶望の淵まで痛めつけられた。命を落とした少年もいる。残酷な事実と、どう向き合うかはユージンの……それぞれの、思いが決めること。傷ついた心の在り方など、結局は自分にしかわからない。こうあるべきと、誰かに非難されるものでもない。
もちろん、ルトの思いを認めてもらえないのは寂しいけれど。でも。
「ユージンの気持ちはユージンしかわからないから。自分にしか、守ってあげられない、たった一つのものだから。俺は、ユージンらしくあれたらそれでいいと思ってる」
ルトは一度言葉を区切る。手元にある甘菓子を、そっと弄った。みんながそれぞれ思案気な表情をする。
可愛くころがる甘菓子を、優しく手のひらで握りしめ、ルトはもう一度目線を上げた。
「でも……。本当は、いつの日かは、こんなこともあったんだって思えるくらいには、受けとめられたらいいとも思ってる。ずっと、何かを憎み続けるのは、とても辛くて、寂しくて、虚しいと思うから」
受け入れるのも、拒絶するのも心は自由だ。だからこそ囚われ続けてほしくない。無理に受け入れなくていい。許さなくてもいい。ただ、ありのままの出来事として、いつかは認められたらいいと思う。辛い時のなかで、ずっと立ち止まるのはひどく苦しい。ほんの少しでも前へ進めたら。
話がひと段落つくと、気持ちを切り替えるように、ルトは握った甘菓子を大切に置いた。ルトの話を聞き入る面々に目線を戻す。閉鎖した後宮の様子を尋ねれば、とたんにラザが、盛大にしかめっ面をした。
「んー、まぁ……前よりは随分とましになったかな。何回も獣人の相手をしなくてよくなったし。でもやっぱりさ。獣人は、俺たちを性処理の道具、くらいにしか見てないからねぇ。獣人の出入りがほとんどないときは、後宮の見張り役とか、給仕係とか。隙を見せたら、たまにデカマラを突っこまれる」
「エミルが心配だ。お触れのあと、俺たちは孕まないように、核種胎を枯らした? かなんかで、子はできないらしいけど。エミルは核種胎で孕んでたわけじゃないもんな」
「僕は平気だよ。ちゃんと、魔術師が処置してくれてるから」
心配する視線を浴びてエミルがあたふたと取り繕う。ぎこちない笑みにルトの心が痛んだ。エミルがなぜふたなりになったのかを、早く打ち明けなければいけない。エミルの身体はもうもとに戻らないことも。
少数派だが、グレンを含む獣人が目を光らせて、乱暴な獣人からできる限り守ってくれることもあるそう。雰囲気が暗くなったところで、パーシーが肩をすくめた。
「でも襲われても、へっちゃらな奴らもいるし。トンミなんか、手を出されなくても自分から誘ってるよ。夜中も抜け出して、いろんな獣人と乱交してる」
「……そう」
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