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「食べてみて。ルトの口に合うだろうから」
困惑したルトを見下ろす、グレンの蜂蜜色の瞳が甘く光る。確信を持つグレンの口ぶりに、ルトは小さな口でぱくっとかぶりついた。サクサクして、甘酸っぱい味が広がる。今はルトの口になじんだ味だ。
「甘菓子のパイ?」
「正解。ルトにあげた甘菓子は、あの木で作られてるんだ。食べやすくて、栄養も満点で、加工しなくても木の実ごと食べられる」
「おいしいです!」
なら木の実とは菖蒲殿で食べたものだ。果肉と果汁がたっぷりの。ラシャドがぶつぶつ言った、果物の名称も似た感じだったからきっとそう。そう思うと、元気が出てぱくぱくと平らげた。にこやかになったグレンも一緒にかじりつこうとする。そのときだ。
グレンの足元に、小さな獣人がどしんとぶつかった。はしゃいで、走り回っていたようだ。反動で、小さい身がひっくり返った。びっくりして泣きそうになった小さな獣人を、かがんだグレンが起こし上げる。
「怪我はないか?」
「ふぇ……っ」
小さい犬耳がぺたんと折れて、グレンを見る大きな瞳がふにゃっと歪んだ。今にも涙がこぼれそうになって、グレンは咄嗟に、手にしたパイを差し出していた。
「パイは好きかな? これをあげる。走らずに、ゆっくり食べておいで」
銀紙がかぶさった、出来立てのパイを差し出され、こぼれそうだった涙が引っこむ。小さな獣人は急に元気になって、こげ茶色の尻尾をぶんぶんと振った。わんぱくな子犬がグレンに向かって一生懸命しゃべり出す。
ほっとしたルトが気を抜けば、今度は立ち止まるルトの細い肩が、ごつんと行き交う人にぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい」
目線をあげたら大柄な獣人が睨んできた。ほぼ真上から、さらに接近して睨みつけられる。ルトの白い手は、すぐさまマントのフードを握り締めた。できるだけ顔がわからないようにうつむく。次の瞬間、ルトの細い手首が獣人の太い腕でひねり上がった。
「あ……っ」
「なんだ糞チビがぶつかりやがって。ぼけっと突っ立って、魔術師のガキかぁ? はんっ、なかなか見れた顔してんじゃねぇか。礼代わりに、ちぃーっと付き合えや」
「や」
手首を強引に引っ張られた。けれど、ルトの細い身体は倒れなかった。むしろぐっと真横へ抱き寄せられる。小さな獣人を見送ったグレンが、横から片腕でルトを抱いたのだ。残る片方のグレンの腕は、向かう獣人に伸びる。ルトを掴む太い腕を、長い指先ががっしりと鷲掴んだ。
「ぐ」
対立する力と力が揺れ動く。獣人の腕全体がぶるぶると震えだした。かなりの力で掴まれたのか。獣人が小さく呻き、剛腕が、ルトからじわじわと引き剥がされる。
獣人を制したグレンの手が、一連の拍子で取れかけたルトのフードを、深くかぶせてきた。グレンを見守る視界まで覆われて、ルトの顔はほとんど見えなくなった。ルトを絡めとるグレンの腕がさらに強まり、ぴたりと身を寄せられる。
「俺の連れが迷惑をかけた。できれば、このまま見逃してくれ」
「な、なんだ。連れがいたのか……」
引き寄せられた片腕からぴりりとした怒気が漂う。グレンのまとう空気が、急激に張り詰められた。見えなくてもわかるほどに。高まる緊張感で空気が軋む。皇帝が醸し出す、強者の威圧とおそらく同じ。
ルトの息が止まってしまう。ひとりも動けずにいれば、獣人が文句を言いながら立ち去る気配がした。瞬時にグレンの空気が柔らかくなる。
詰まる吐息をつけば、優しい風貌が、奥歯を噛んで悔しそうに歪んだ。ルトの細い手首に残る赤い跡を、グレンの手のひらがふわりと包む。長い指先が、ルトの赤い肌を上書きするようにそっとさすった。
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