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「隙を見せた……。すまない、なんともない?」
「大丈夫です」
グレンも獣人なんだなと、当たり前のことを思ってしまう。ただ余計な威圧をしないだけで。ルトに気づかせない、グレンの気づかいに、強張ったルトの頬が緩んだ。やっぱりこの人が好きだ。
仕切り直しだと、グレンはルトの手を引いて賑わう街中を移動した。花が好きなルトにあわせ、植物園に行き、それから美術館にも顔を出す。獣人や魔術師にも人気があると言って、絶景の景色も見せてもらった。天まで届きそうなくらい壮大に拡がる大自然は、どこまでもルトの心に沁みわたった。
変わった街中を、あれこれ聞けば、博識なグレンは淀みなく教えてくれる。あちらこちらとはしゃいでいたら、無情にも時間は刻一刻と消えさってしまった。楽しい時はどうして過ぎ去るのが早いのか。
ルトと向き合うグレンが苦悩を浮かべた。名残惜し気に、一時間の終わりを告げた。
「本気で……、王宮へ戻るのか……? ルト、このまま――」
真正面にルトを見下ろす、琥珀の豹の口元を、ルトはそっと指先で押さえた。グレンの思いは知っている。ちゃんと、ルトに届いた。一緒にいたい、離れたくない、このまま人知れず、どこかへ。
惜しむ思いを全身で感じたルトは、それでも険しい道を行く。柳眉な根元にしわを寄せる、グレンと正面から見つめ合った。互いの視線が重なって、ルトの目元が柔らかく微笑んだ。
このままルトが、自分の幸せだけを追い求め、自由に羽ばたいて行ったなら。グレンと二人、きっと最高の幸せを得るだろう。けれど幸福の代償に、ルトは毎日自分を責めながら生き続ける。
グレンはしばし沈黙する。きっとグレンにも、ルトの思いは伝わっている。今のルトと同じように。きつく眉を寄せたグレンが、固く、瞼を閉じた。
「本当に…君は……、頑固者だ。そして、誰よりも強く、純真で、潔い」
グレンの口元を押さえるルトの細い指先を、大きい手が包みこんだ。数分の間を置いて、止まったかのように思えた時が動き出す。
「……行こう。王宮へ」
グレンに抱えられ、賑わう街から閑静な枯れ地へ。見る見るうちに、景色が移り去った。グレンの腕に抱かれたルトは、きゅっと、グレンの首元にしがみついた。
ラシャドみたいに激しく上下に揺れるかと思いきや。王宮の枯れ地へ駆ける距離は、短いとは言えない。なのに気持ち悪くならなかった。
あっという間に着いた場所で大切に降ろされて、ルトの足がかさりと地面を踏む。しっかりグレンを見上げれば、グレンの口元が微かに上がった。優しい表情は、どこかものさみしそうに感じる。まっすぐな視線が苦しくなって、ルトは、少し瞼を落とした。
「ありがとう……、俺のために、命を懸けてくれて」
本当に。生涯でたった一時間の時を、ルトはこの先も忘れはしない。こんな夢のような時間は二度とこないかもしれない。
向き合うグレンはじっとルトを見下ろして、うつむく丸い頬を、大きな両手で包んできた。グレンの甘やかな顔が近づいて、ルトの白い額に、二人の額が重ね合わさる。ルトの低い鼻と、すらりとしたグレンの、高い鼻先がくっつきそう。
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