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ルトを瞳の奥まで焼き付けようとする、綺麗な琥珀の瞳だ。今なら瞳孔の動きまで見つめられる。互いの吐息と熱が混ざり、溶け合ってゆくようだ。でも絡み合った二人の視線は、静かに離れていった。
「前に……、俺がルトに言ったことを覚えているか? 君がこの国に来てくれて、ルトと出会えてよかったと」
「覚えてます」
忘れない。ルトの癒しの力など、自分の存在などいらないと泣いた日だ。人間が虐げられるのは因果応報ともグレンは言った。けれど戸惑いながらもルトを包み、慰められた。ルトは、大切な存在だと教えてくれた。そんな、グレンの考えが変わったのはいつからだろう。
「今思えば、ずいぶんと身勝手な言い分だったな。でもルト。それでも俺は、やはり同じことを言うだろう。君がこうして、ここにいてくれることに、俺は」
咽び泣くように詰まった声が、続かずに途切れる。耐えるように顔を歪めた、グレンの頬を、今度はルトの手がそっと触れた。
「俺もあなたと同じ」
この国で、グレンと出会えてよかったと思う、心から。たとえ報われない想いだったとしても、出会わなければよかったなんて思わない。誰かを好きになれる喜びを知れた。最初で最後の、ルトの恋だから。
意志の強いルトを見つめる、優しく整う風貌が、あえぎながら息を吸った。
「ルト。ルト……君がいとしい。俺はきっと、君の涙に恋をしたんだ。どこまでもまっすぐな、純粋で、綺麗な。俺の腕のなかで、自分なんかいらないと咽び泣いた、小さな君に」
非力なルトの気高い意思に。知れば知るほど引き寄せられたんだ、と。芯の強いルトが、惜しげもなく涙を流す純白さに心を惹かれた。
ひとり、また泣いていないか心配で。すぐに駆け付け、こうして抱きしめてあげられない歯がゆさを知った。
つかえながら、たどたどしく。溢れるグレンの吐息をすぐ傍で感じ、ルトは迷いなく両手を伸ばす。グレンの温かな胸に抱きついた。何度もうなずき、力強い鼓動に顔をうずめる。
「俺も。この国で、あなたとこうして触れ合えてよかった」
性別も、年齢も、人種も身分も国境まで超えて。恋しかった。燃えるような情熱なんて、ルトには無縁と思っていたのに。
いいところも悪いところもひっくるめ、ただ互いの存在を受け入れ合った。人生の道しるべに導かれるように、別々だった心と心が重なり合った。もしかしたら、人はそれを、運命と呼ぶのかもしれなかった。
「ルト、もしも……、俺たちが今生を全うし、新しい世で、再び君と巡り合えたなら。俺は、今度こそ、誰よりも先に君を見つける。そして二度と、君の手を離さない」
過酷な時代に阻まれた恋だったけれど。それでも、精いっぱい時代を生き抜いたルトたちが、再び時空を超えて巡り合えたら。そんな、神の粋な計らいがあったなら。障壁を乗り越えて、次こそ二人の恋は叶うだろう。そのときこそ、心からの祝福を得られるはずだ。
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