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「危ないことをさせてごめんなさい。俺のために、手を貸してくれてありがとう。今回だけじゃなくて、菖蒲殿でも力になってくれて嬉しかった」
「俺は頼まれたことをしただけだ。君は、菖蒲殿ではひどい状態だった。感謝なら、君のために俺を説得して、動かしたものにしろ」
「え?」
速攻で返されて、咄嗟にラシャドを見る。ルトの視線を浴びたラシャドは、お手上げの態度をとった。
「俺だと思うか?」
思わない。というか思えない。冷静沈着な魔術師を説得……、ラシャドには難しそうだ。そんなことをしたら乱闘になりそう。
宮殿付きの魔術師に指図できる立場で、ルトを案じてくれる人。ラシャドでないならひとりしかいない。ルトの目が大きく見開いた。
「そもそもだ。菖蒲殿で食いつなぐものがなければ、君は今、ここにいなかったかもしれない。俺は君のためというより、グレン殿の思いに共感しただけだ」
立ち尽くすルトに、コルネーリォは刻限を告げる。すでに皇帝は、ルトを探し始めているだろう。
ルトが王宮を離れるのを見届けたら、状況に応じて散り散りになる予定だった。王宮の内情が落ち着くまで身を隠そうと。だがルトが、皇帝のもとに留まるなら対応はまた変わる。
「君と、グレン殿の。互いの立場が変わっても、言葉を交わすくらいならできる。触れ合うことはできなくともな。礼なら、直接言え」
言い残すコルネーリォが姿を消して、さわやかな風がなびいた。青天の下で、ルトをくすぐる凪いだ風が。ルトは嗚咽を必死にこらえる。
ルトの近くで、グレンはずっと息づいてくれていた。ルトの傍にいなくても。離れた場所からルトを優しく包んでくれた。
好きだった、とても。これからも想いは変わらないと思った。けれど違った。一度も情を交わせなかったけれど、今は、彼の心が愛おしい。
ぼたぼた流れ落ちる、ルトの大きな雫が乾いた大地を潤していく。苦い表情をしたラシャドの視線を、すぐ傍で感じながら。
ラタミティオ塔に送られるはずのルトが消えた。ラシャドと月白殿に戻ったころ、王宮は見るからに騒然としていた。
「ラシャド副隊長おぉぉ! どこにいらしてたんですか! 陛下の指示で、精鋭兵と魔術師が総出になって、副隊長とグレン殿をお探しになってますよっ。今すぐ陛下に、顔をお見せしてください! 今、すぐ、にっ!」
「わぁってるさ。こいつを寝室で、休ませてからだ」
ルトを抱いて戻ったラシャドが、部下と思われる獣人に半泣きで縋りつかれる。ラシャドの腕のなかで、ルトが身を縮こませたら心配ないと頭を撫でられた。月白殿の寝室まで連れていかれる。今度はちゃんと玄関からだ。
大きな体躯に隠され、腕の隙間から、獣人や魔術師が慌ただしく行き来するのが見える。大ごとの事態に、寝台へ降ろされたルトが緊張した。ラシャドが離れる瞬間、ルトの細い腕がラシャドの袖口をくぃと掴んだ。
「陛下のところに行くんですか? 今から? 俺が……」
「心配ねぇよ。ちょっくら行ってくらぁ」
知り合いに呼ばれたから出向いてくる、くらいの足の軽さ。ラシャドは散歩をしにいくように、月白殿から姿を消した。
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