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最終話 自由を手に

 隊長とかいう虎の獣人は、どうしてこうルトを凝視してくるのだろう。逃げ出したルトが悪かったけれど、穴があくほど見られたらどうにも居心地が悪い。  月白殿の寝室で小さく膝を抱え、目を光らせて見張ってくる虎の獣人をちらちらと覗いた。ずいぶんな強面だ。いかつい目が、寝台のすぐ横から無遠慮に見下ろしてくる。  ルトを捕まえてどうこうしようとか、いやらしさは微塵も感じない。ただじっと、食い入るように強面で見つめられ、かえって不気味きわまりない。  ラシャドが去った寝室で、ルトは虎の隊長と部下らしき獣人に見張られていた。ルトがちょこんと座る寝台の横に二人、離れた扉に二人。四人の屈強な獣人が、直立不動で待機して、広い寝室でも狭苦しい。  月白殿に戻ってから二時間近くが経った。あれからラシャドたちはどうなったのか。不安だらけだ。心もとなく、凝視してくるいかつい獣人を見上げた。ためらいがちに口を開けば、ばっちり目があった隊長が、小難しい顔でぼそっと呟いた。 「なんで逃げなかったんだ?」  問われた内容に、ぽかんと口を開けて固まった。紫水の瞳が丸くなる。逃げる。低く呟かれた一言は、ルトの状況を的確に把握する。  ルトはまじまじと、迫力がある虎の獣人を見返した。協力してくれるものがいると、ラシャドたちがいっていた。もしかしなくてもそうなのか。  瞳を揺らし、戸惑いを見せたルトに、いかつい虎が改めてぶっきらぼうな声を出した。 「せっかく膳立てしてやったってのに。なんでここに戻った?」  やはりそうだ。ラシャドたちが最後まで、身分は明かさないと誓った獣人で違いない。ルトは微かにうつむいて口角を上げた。ここにも、知らないところで、ルトを助けてくれた獣人がいた。  反応をしないでいたら、しびれを切らしたいかつい虎が、ひとりで納得する素振りを見せた。 「やっぱ土壇場で、しり込みしたんだな」 「確かに……それも、あります。でも、それだけじゃなくて」  わずかに目線を下げながら、ルトは小さく口を開いた。皇帝に仕える、グレンたちの未来を巻きこむことに抵抗はあった。ルトだって、何度も逃げることを考えた。でも幸せの誘惑を振り切ってまで戻ったのは、しり込みしたから、だけじゃない。 「迷いなく俺を助けてくれる人たちが、ここにいたから」  獣人の国で、ルトを守ってくれる人たちが。ラシャドもグレンも、いつも、どこでもルトを思ってくれている。見た目は不愛想に見えるコルネーリォも。それに、大切なルイスたちもここにいる。 「何があっても俺を支えてくれる、大きな手がここにあると、彼らが信じさせてくれたから。逃げる必要なんてない」  強い意思をこめて今度こそ顔を上げる。まっすぐに前を向き、いかつい虎を見返した。ルトを見下ろす、強面の目がわずかに見開く。への字に結んだ分厚い口元が、にやりと緩んだ。

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