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 皇帝一筋のグレンが、孕み腹の解放を訴えた。王宮勤めでは密かな噂になったという。とたんに納得顔をした隊長が、大きく頷く。さも愉快そうに声をあげた。 「っとになぁ。あっちもこっちも綺麗に一皮むけたもんだ。ずいぶんと、頼もしくなっちまって」 「しかしながら。そういう隊長も、見事にお変わりになられました。朝議殿で、孕み腹の撤廃を唱えたと聞いたときは、何をとち狂ってしまったのかと思いましたが。しばらくして、孕み腹を粗雑に扱うなと言い出し、衝撃を受けた我々精鋭兵をひとりずつ、説得にかかられた。奴隷であっても等しき命、我々は奪うためではなく守るために任務に就く。悪しき人間といえども、後宮の孕み腹は力なき少年だったろうと、精鋭兵の我々が守らずして誰が守ると説かれ、私は、私は……っ。分け隔てのない、慈愛に満ちた凛々しき姿に、ひどく感銘を受けました……っ!」 「お…、ぉおぉう……」  愉快げに口元を緩めた隊長の笑みが、ひくっと固まる。心酔する形相で、畳みかけて言うのは扉に控える四人目の獣人だった。  離れた場所からでも、隊長への敬愛の眼差しが見て取れる気がする。感極まる熱弁に、隊長はちょっとだけ……いや、かなり引き気味だ。いかつい目がきょときょとと動揺した。  二の句が継げない隊長の隣で、軽くうつむく竜の獣人の両肩が、小刻みにぷるぷると震え出す。やがて竜は我慢しきれず、ぶはっと盛大に噴き出した。 「じあいにみちたりりしき…すがた……っひっくっくっくぅぅっ…っ!」 「てめぇ…、ドンテ、てめぇ。この野郎が」  唾まで飛ばし、腹を抱えた竜を隊長が小突きまわす。三白眼をいっそう吊り上げた強面の目元は、真っ赤になっていた。  後宮でエミルたちを助けてくれる、数少ないグレン派の獣人は、もしかしたら彼らかもしれない。賑やかな隊長たちをじっと見上げた。  悶絶する竜をどつき倒し、気を取り直した隊長は、ルトの視線にごほんごほんと咳払いする。 「あー……、とにかくだ。だからよ、何だ。あれだ。たったこんだけしかいねぇんだが。俺たちは一生をかけてお前ぇらに償わねぇとなんねぇし」  食い入るルトに、少し決まりが悪そうに隊長が言う。いったん言葉を切り、目元の赤みを微かに残して口を開いた。 「だから、あっちもこっちも変わったついでにだ。今度は、腐った世の中まで変えちまおうっていうんだ。まさに時代の移り変わりだぞ。それを体感できる日がくるなんてぇ、とても、信じられねぇなって話だよ――だろ? 少年」  たまげたたまげたと、虎の獣人が照れ隠しにあっぱれな仕草をする。赤くなった目線を、座るルトに合わせてきた。蚊帳の外だったけれど、話を振られたルトは小さく首を横に振った。  どっしり構える隊長を、臆さずに見つめ、素直な気持ちを唇に乗せる。信じられない……、ことはない。むしろ逆だ。ルトの口元がほころんだ。 「あの人たちが、変わってくれたから、俺は、この国を信じることができたんです」

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