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【序-③】これは初恋?

 ――こうして、中等部一年の年の冬に、僕は宝灘恢斗と正式に許婚関係となった。  何度も父に確認されたが、僕は、自分が先に発情したのか、それともうなじを噛まれたのが先だったのかを、上手く説明出来なかった。僕が発情していたから、恢斗は僕を噛んだのかもしれないし、恢斗というαに噛まれた事で、発情が促された可能性もある。  ただ、いずれにしろ、仮に僕が未発情で一方的に噛まれた場合であっても、ネックガードをつけずにそこにいた僕が罰せられる事になるのは変わらない。父は、醜聞を避けた。  一度噛まれてしまえば、もう番関係から逃れる事も出来ない。  そして、恢斗が婿養子になるという事はありえない事だった。  宝灘恢斗は、全寮制の学校に通っているそうで、長期休暇の時にしか帰ってこないのだという。僕は、あまり文明の利器と呼ばれる機械類が得意ではないので、連絡が来ても放置していた。その結果、連絡はすぐに来なくなった。そのため、次に宝灘恢斗と顔をあわせる事となったのは、中等部二年になる年の、春休みの事だった。  既に、僕達の間に作り笑いは無い。僕も、何事もなく笑っているタイプではないし、恢斗も大抵の場合、退屈そうな表情だ。迎えの車に乗せられて、連れてこられた料亭で、僕と恢斗は向き合っている。会わない間に、僕も漸く二次性徴が始まったのだが、恢斗は既に終えているようだった。 「……」 「……」  僕達の間には、表情だけでなく、会話も当然存在しない。必要事項はお互い話すが、雑談が発生しない。  初日の事が嘘であったかのように、恢斗が僕に発情する事もないし、うなじを噛む気配も無い。  恢斗からは温度というものが感じられず、常に冷静沈着に見えるし、どこか冷酷というか冷徹というか表情からはそんな印象を受ける。僕といても、退屈で興味が無さそうであるから、やはり――あの日は、僕が急にヒートを起こしてしまった可能性が高いのだろう。  ――確かに、うなじを噛まれれば、『キズモノ』という扱いは受ける。だが、法的には番関係は解消可能であるし、条件を低く設定すれば、婿養子が見つかる可能性はある。  僕はちらりと恢斗の横顔を見た。僕達は同じ歳だったのだが、背が高い分なのか、恢斗は大人びて見える。望まぬ番関係、婚約。それらを、恢斗はどう思っているのだろう? 「なんだ?」 「いえ……――その、学校はどうでした?」  話を変える事にした。何もしなければ会話が発生しないので、時々僕は雑談を挟むように心がけている。 「冬休みから春休みの間――お前は、俺からの連絡に二度しか返事を寄越さなかったな」 「……っ、その」 「許婚となったんだから、ヴァレンタインのチョコレートくらい礼儀で届くかと思ったが、それも無かったな」 「!」 「非常に不機嫌になってしまう放課後三昧の学園生活だったと述べておく」  チョコレートは、一般的に女性が男性に贈るものなので、僕の頭の中には無かった。 「……連絡をこまめにしてくれる、チョコレートといった気配りが可能なお相手を探されては?」 「それは嫉妬ではなく、イヤミだな」 「先にイヤミを放ったのは、そちらでは?」 「俺は事実を述べたまでだ」 「気を害されていたとは知りませんでした。お詫びします」 「――害したというか……別に謝って欲しいわけではなく……いや、いい。もうこの話は終わりとしよう。そちらこそどうだったんだ?」  その言葉に、僕は冬から春にかけての自分を思い出してみたが、相変わらず家にいるため、特に語る事が出てこなかった。学業は家庭教師に習っている。通信制の学園に籍だけは移したようだったが、一度も学校には行っていない。急な事態で転校する余裕が無かったとも言える。 「……庭が、綺麗でしたね」 「そうか」  この日の会話は、それで終わった。  そして次に会ったのは、中二の夏、宝灘財閥の別荘へと招かれた日である。  親睦を深める事を主目的としているとの事だった。なお、まだ宝灘家と桐緋堂家の縁組に関しては、公にされてはいない。多くの場合は、高等部卒業後に発表される事が多い。そうしてすぐに籍を入れるのだ。それまでに破談になっていた場合も、隠蔽するのだという。 「……」  別荘では、同じ部屋だった。寝台も、当然のように一つしかなかった。使用人達は地下で眠るようで、二階には、僕と恢斗以外がいない。呼べば来てくれるのだろうが。カバンを壁際に置きながら、僕はチラリと恢斗を見た。堂々とベッドに座っている。  ――SEX、するのだろうか。  発情期は、三ヶ月に一度程度約三日訪れる。現在僕は、発情期抑制剤を摂取しているので、最初のあの一度きり以外は、まだ発情した事は無い。だが、αとΩであれば、交われば自然と発情が促される。フェロモンの問題だ。  既に外で夕食は済ませてきた。バスルームが隣にある。  しかし僕達の間には、今回も会話は無い。恢斗は終始退屈そうだ。 「寝るか?」 「……お風呂をお借りします」 「そうか」  どういう趣旨の発言だったか、僕は聞かなかったが、尋ねないままで浴室へと逃げた。そして念入りに体を洗った。僕が外へと出ると、入れ違いに恢斗がシャワーを浴びに行った。落ち着かない気持ちで、僕はソファに座っていた。  妙に時間が過ぎるのが長く感じていた頃、恢斗が出てきた。  濡れた髪をしている恢斗を一瞥し、僕はテーブルの上にあった冷たいお茶の入ったグラスを差し出す。 「良かったら」 「ああ、有難う」  受け取った恢斗は、お茶を飲み干すと、僕の正面に座った。そして、じっと僕を見た。 「所で」 「はい」 「お前は俺が憎いか?」 「――え?」  僕は、何を言われたのか分からなかった。

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