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第1話 野ばら①

「HEY!ソーマ」 「あっ」  まただ、あの人! 「いい加減にして下さい。勝手に出歩かないでって、何度言ったら分かるんですか」 「そんな事より、新しいマジックが完成したよ。一番に君に見てほしいんだ」 「マジックよりも早く戻って」 「いいや、マジックだよ。君に見て貰いたくて、毎日練習したんだよ」  この人は言い出したら絶対引かない。 「見たら戻って下さいね」 「Danke(ダンケ)!」  眩しく微笑んだ彼の金髪を風が梳いた。 「ここにカードあります。アインス、ツヴァイ、ドライ、次は?」 「ふぃあ」 「そう、4枚だね」  時々、彼からドイツ語を教えて貰っている。俺の仕事は通訳だけど拙いから。 「4枚のカードにもう1枚カードを加えて、ステッキで叩きます」 「ちょっ」  思わず声を上げてしまった。 「もうビックリしたの?マジックはまだ途中だよ」 「そうじゃない」  そのステッキ。 「あぁ、町で購入したよ。可愛いでしょ」 「そうじゃない」 「ソーマの好みじゃない?」 「そうじゃない!」  この人は自分の立場を分かってない! 「大佐!あなたは捕虜なんですよ」  第一次世界大戦  戦場はヨーロッパ  祖国から遙か遠い戦場で俺達は戦った。  同盟国イギリスの物資援助が主たる任務であったが、敵軍の中、危険を冒して強行突破する事も少なくなかった。  そして俺達は出逢う。  第006(オーオーゼクス)部隊 総司令ウィルバート大佐に。 (あれは偶然が味方したんだ)  運悪く……ニホン軍にとっては幸運な事に、整備不良の機体フォッカーD.Ⅶは目に見えて分かる不安定な飛行だった。  性能でドイツに劣るニホン陸軍開発途上の機体 一式戦闘機 (ハヤブサ)がD.Ⅶを撃墜したのは奇跡であった。  隼1師団がD.Ⅶを一斉射撃し、D.Ⅶは夜明け前、群青の闇に赤い火を上げた。  黒煙が空を焦がして堕ちていく。  墜落地点を索敵した俺は驚愕した。  《血の天使》=シャルラッハロート ゼーラフの異名を轟かせ、空の守護者としての信望と、鬼神としての畏怖を併せ持つドイツ軍空軍大佐 ウィルバートその人だったのだから。 「大丈夫ですかっ」  傷ついた人を救いたい。  只それだけの衝動が俺を動かしていた。 「傷は出血量ほど深くありません」  軍で覚えた応急処置を必死に施す。 「貴方はニホン軍の捕虜になりますが、安心して下さい。酷い事はしませんから」  ……って。 「ニホン語分かりませんよね。えっと何を言ったら安心してくれるかな?……そうだ」  〜♪♪♪ 「ざーあいんくなーあいんれすらいしゅてーん」  えっと、発音合ってるかな?  全然合ってない気がする。  いやいや、心を込めれば、発音は関係ないんだ。 「れすらいあおであはーいでん♪」  音楽大学でも声楽科出身でもないから自信ない。でも音程は合ってるよ。  シューベルトの『野ばら』  欧羅巴(ヨーロッパ)の有名な作曲家だ。  ニホン語訳の歌では、童は見たり♪野中の薔薇♪ってやつ。  元々ドイツ語なんだし、ドイツの人に歌ってるんだから母国の言葉で歌った方がいい。 「れすらいれすらいれすらーいぃーろぉー♪」 「Röslein auf der Heiden……」  えっ……  今、一緒に歌ってくれた?  海のような藍の光を帯びた瞳をそっと細めた。  透明な美しい微笑だった。  男の人……それも軍人に不相応な表現なのかも知れないけど。  目の前の人を綺麗だと感じた。 「ありがとう。君の名前は?」  ニホン語、喋った★!!

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