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第11話

「……マ、ソーマ?」 「はっ」 「大丈夫?ぼうっとして」 「だ、だ、大丈夫です」  たぶん……  まだ体がぽわーっとしている。  焦点の合わない俺を心配そうに、大佐の蒼い瞳が覗き込んだ。 「そう、良かった。明日は朝早いしね。夕食を済ませたら、早くお休み」  明日、大佐はドイツに帰国する。  第一次世界大戦  ニホン軍の捕虜となったウィルバート大佐は、今日までニホンの収容施設に留め置かれた。  戦争が終結し、国際法に基づいて捕虜は解放される。  大佐以外のドイツ兵は全員帰国した。  最後の兵士がドイツ行きの飛行機に搭乗するのを見届けるのが上官の責務だからと、そう言って大佐は今日まで残った。  今は大佐が、ニホンに残る最後のドイツ兵だ。  夜が明けて明日を迎えれば、大佐は遥か遠い空の上にいる。ドイツ行きの飛行機に乗って。  大佐は友好大使として日本在留を希望したとの噂も聞いたけど、大佐は軍人だ。  ドイツでは『空の守護者』として謳われる英雄を、軍がニホンに留め置く事を許す筈ない。  引き留める事はてきない。  大佐にとっても、母国に帰る事がいいに決まってるから。  もう、会う事はないだろう……  今夜が最後の晩餐  今夜が大佐と語らえる最後の時間  分かってる。  今の時間がとても貴重で、将来きっと忘れえない時になるだろうという事を。  この時間を大切にしたい。  分かってるのに……  何を話せばいいのだろう。  伝えたい事はあるのに。  それを伝えると、この緩やかで穏やかな日常が終わってしまいそうで怖い。  でも伝えなければ、たぶん一生後悔する。  伝えたいのに……  感情がバラバラに動いて、言葉が出てこない。  伝えたいのに…… 「あのっ、大佐!」 「ん?」 「今まで本当にありがとうございました」  クッ、なんて語彙力のなさ。  伝えたいのは、こんなありきたりの形式張った言葉じゃないのに。 「俺、大佐に会えて本当に良かったです。感謝しています」 「私もだよ。君に出逢えたのは運命の幸運だ」  こんな言葉で俺の気持ちが伝わるのだろうか。うぅん、十分の一も伝わらない。  けれど大佐は、表現力のない俺の言葉に応えてくれる。 「あのっ」 「なに?」 「えっと」  話すのをやめたら、この時間が終わってしまう。だから何とか……何でもいいから会話、繋げないと。 「大佐っ、ごめんなさい!」 「急にどうしたんだい?」 「大佐の食べてる今日の夕食、すき焼きじゃないんです!」 「えっ」 「これは『牛丼』と言って……」 「ギュードン?」

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