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いっときの幸せを掴んだ気がした3
「すみません、隣いいですか?」
一人考えているとと突然、身体に響くような低い声で話し掛けられる。思わず身構えながら声のする方を見ると、いかにも仕事帰りに飲みに来たというスーツ姿の男がそこにいた。
濡れていなさそうな服から、ここには雨が降る前からいたのだろうと思う。
デートの約束でもしていたのだろうか、そうそう着こなせなさそうな高そうなスーツは彼にとても似合っている。
俺は無意識のうちに見惚れていた。
なかなか返事をしない俺に対し、男はニコリと爽やかな笑みを浮かべながら、再び視線で問い掛ける。
「……どうぞ」
気付けば特に何も考えずにそう応えていた。
どうも、と一言呟くと、無駄のない動きで座る。
きっと彼は恋人に困った経験などないのだろう、と考えてしまった。小物や靴といった細部まで、全てを揃えて完璧に着こなしている。
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